有機溶媒耐性微生物利用技術研究部会- 構成員研究紹介(岩淵 範之)
氏名 | 岩淵 範之 |
---|---|
所属 | 日本大学 生物資源科学部 応用生物科学科 |
ウェブサイト | http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~molmicro/index.html |
Rhodococcus属細菌は、石油、塩素系有機溶媒などの難分解性化合物に対する資化能力をもつことに加え、アクリルアミドや有用酵素群、あるいは細胞外多糖を初めとした機能性バイオポリマーなどの生産菌であることが知られている。それゆえ、産業的に重要な菌群として位置づけられており、低エネルギー化や環境負荷を削減できるバイオプロセスによる環境浄化・物質生産への応用が期待されている。このバイオプロセスを考える場合、有機溶媒を含む特殊な環境での微生物と有機溶媒との相互作用の理解が重要となる。
上述した相互作用の解析は微生物の有機溶媒耐性獲得機構を知る手掛かりとなる。これまで、グラム陰性菌の大腸菌やPseudomonas属細菌を中心に遺伝生化学的な研究が行われ、細胞表層構造の変化やefflux pump、ベシクルの形成などの耐性機構が提案されている。一方で、グラム陽性菌においては、炭化水素分解遺伝子などに関する遺伝性化学的研究は進んできたが、有機溶媒耐性に関した研究はそう多くない。このことは、一般にグラム陽性菌は陰性菌に比べ有機溶媒耐性レベルが低いと考えられていることに起因していると予想される。しかしながら、上述したようにRhodococcus属細菌は有機溶媒存在下での利用価値が高いことから、同菌の有機溶媒耐性に関する知見の蓄積が求められている。
Rhodococcus属細菌は、土壌や海洋などにありふれて存在するグラム陽性で、高G+C含量のコリネ型細菌の一種であり、コロニー形態変化の激しい細菌として知られている。このことは、自然環境中から単離されるものの多くはラフ型のコロニー形態を示すが、継代培養中にラフ→ムコイドあるいはムコイド→ラフなどのコロニー形態変化が頻繁に観察されることからも容易に伺える。このコロニー形態変化には、細胞外多糖(EPS)の生産が深く関与しており、微生物と外界との相互作用を規定する細微表面特性に大きく影響を与えることから、溶媒機構を考える上でも重要な因子となる。
本研究部会では、R. rhodochrousのコロニー形態変化によるEPS生産量の違いとそれに伴う細胞表面特性の違いが同菌の有機溶媒耐性に深く関与している事例およびR. erythropolis PR4株のアルカンの炭素数の違いによる細胞と有機溶媒の相互作用の変化を通じてRhodococcus属細菌の有機溶媒の耐性機構と相互作用を考えてみたい。
EPSの生産による有機溶媒耐性
R. rhodochrous S-2株は、100,000 ppmの石油存在下でも石油を乳化しながら生育できる高濃度石油耐性・石油分解菌として見出され、その後同菌の耐性機構が検討された。同一菌株由来のコロニー形態変異株であるS-2株(ムコイド型菌)、R-1、R-2株(ラフ型菌)を用いて、石油存在下での生育を検討したところ、R-1、R-2株の生育は著しく抑制された。また、変異原処理、遺伝子操作を用いてS-2株より取得したラフ型菌株群の生育も同様に抑制され、ラフ型菌から同様の処理にて単離されたムコイド型菌は耐性を有したことから、コロニー形態と溶媒耐性に相関があることが示唆された。一方で、これらラフ型菌の培養にS-2株由来のEPS (S-2 EPS)を投与すると石油存在下での生育は著しく促進された。このことから、S-2 EPSには溶媒感受性菌に対して耐性能を付与する機能があることが示唆された。
このメカニズムを検討するため、細胞表面特性および有機溶媒との親和性を検討したところ、概してムコイド型菌は親水的な表面をもち有機溶媒に対する親和性が低く、溶媒耐性能が高かったが、ラフ型菌は疎水的な表面をもち、有機溶媒に対する親和性が低く、溶媒耐性能は低かった。一方で、ラフ型菌にS-2 EPSを投与すると、有機溶媒への親和性は減少し、耐性能が上昇した。
以上のことから、S-2 EPSは細胞と有機溶媒の疎水性相互作用を調節し、溶媒感受性菌に耐性能を付与していることが示唆された。
R. erythropolis PR4株のアルカンとの相互作用について
PR4株は分岐アルカンの一種であるプリスタン分解菌として海水から単離されたムコイド型菌である。われわれは同菌の溶媒耐性機構を検討する過程で、同菌とアルカンとの相互作用が極めて特徴的であることを見出した。すなわち、培地/アルカン二層培養系において、添加するアルカンの炭素数によって粒子表面に吸着する「吸着型」あるいはアルカン粒子内に転移する「転移型」というようにアルカンとの相互作用を変化させる極めて特徴的な挙動を示す株であることを示した。これら特徴的な現象とEPSとの関連性を検討するため、同菌の生産する2種類のEPSの化学構造を明らかにしたが、EPS生産量が低下した変異株も親株と同様の性質を示したことから、同菌にはEPSを介さない新たな耐性機構を有すると考えられた。
このことを明らかにするため、転移型の代表としてプリスタン、吸着型の代表としてn-ドデカンを用い、同菌とアルカンとの物理化学的な相互作用を検討した。その結果、プリスタンの添加によって同菌の親油性が上昇し、界面ギブスエネルギーが減少することで、アルカン表面に対する吸着力が増大 し、結果として細胞がアルカン相に転移することが示唆された。続いて、これらの相互作用に関与する因子を分子レベルで特定するため、プロテオーム解析を行った。その結果、転移型条件では、シャペロニンの一種であるGroEL2が高発現していた。その後の遺伝子レベル、タンパク質レベルの解析により、GroEL2がPR4株のアルカンへの転移に深く関与していることが明らかとなった。また、PR4株はgroEL2遺伝子の導入により、PR4株の生育できるアルカンの種類が多くなり、それとともに転移できるアルカンの種類も多くなった。さらにこの傾向は他のRhodococcus属細菌に導入した場合でも確認されたことから、GroEL2はアルカンの転移だけでなくアルカン耐性にも関与していることが示唆された。