【随縁随意】イノベーションの起こし方 – 松永 是
生物工学会誌 第90巻 第4号
松永 是
米国アップルの創業者の一人であるスティーブ・ジョブズ氏が56歳の生涯を終えた。数々の製品と名言を残し、世界中の人々を魅了したイノベーターは、今なお、我々の生活に密接に関わっている。アップルと言えば、iMac、iPod、iPhone、iPadと新しいツールをいち早くユーザに提供し続けてきた企業である。
iPhoneを解体すれば数多くの日本製の部品を目にすることができるが、皮肉にも個々の部品よりiPhoneと呼ばれるプラットフォームを作り上げたアップルが多大な利益を得ているのが現状である。では、我が国でこのような“イノベーティブなプラットフォーム”を築きあげていくにはと考えると少し戸惑ってしまう。
2011年8月に閣議決定された第4期科学技術基本計画における新成長戦略の柱として、グリーンイノベーションとライフイノベーションの推進が掲げられた。その実現は技術立国日本の将来を左右する重要課題といえよう。まさに今、“イノベーティブなプラットフォーム”作りが求められているのである。イノベーション推進が求められる領域は、環境問題、資源・エネルギー問題、人口・食糧問題などの人類の存続を脅かす課題解決に取り組むあらゆる分野であり、生物工学分野ももちろん例外ではない。グリーンイノベーションの中心テーマの一つである安定なエネルギー供給や省エネルギーを例にとっても、バイオマス利用、バイオ燃料生産、バイオプロセス、システム工学など生物工学が中心的な役割を担う部分は大きい。
生物工学分野では、食品工業などに向けた有用物質生産に始まり、プロセス工学や生物情報工学、さらには環境工学、バイオセンサ開発、医療システム開発と学際領域における新しい学問分野を切り開き、世界最高水準の研究開発を行なってきた。ただ、先述のプラットフォーム作りに当てはめてみると些か不安や焦りを感じる部分もある。それぞれの先鋭化された研究・開発の成果が、どこかのプラットフォームの1部品に収まってしまう可能性がある。
グローバルな競争の激化やニーズの変化に対応するために今まで以上に速いスピードでイノベーションを実現することも求められている。このような背景から、企業、大学、研究機関、自治体といった組織の枠組みを越え、広く知識・技術の結集を図り効率的なイノベーションを目指す、いわゆる「オープン・イノベーション」が世界の潮流となっている。オープン・イノベーションは、自社で研究開発プロセス全体を抱え込むことができなくなっている現状を打破する最善の方法と考えられる。その実現には、学術成果の蓄積や見識の深化に加えて、政策を主体とした企業、自治体、大学などの包括的な連携によるグローバルなプラットフォーム設計が必要である。政治主導のもと新成長戦略が掲げられた今、残された課題は具体的なプラットフォーム設計のための作業環境作りであろう。競合する複数他社との有機的な連携は、我が国がもっとも不得手としてきたところかもしれない。そこで、公益組織である学会や大学は、プラットフォームの設計や協議のためにさまざまな組織が参集できる場や環境を積極的に提供し、出来上がった設計図を社会に向けて提言していくべきではないか。
「Stay Hungry. Stay Foolish.」ジョブズ氏の講演の中にある言葉だ。我々は、今、真価を問われているのかもしれない。
著者紹介 東京農工大学学長