生物工学会誌 第90巻 第3号
湯元 昇

日本生物工学会においても生体医用工学は大きな領域となっているが、21世紀型社会の大きな特徴である高齢化社会において、今後、ますます深刻となる医療、介護の問題について、医学と工学の連携(医工連携)が必須となっていることは言うまでもない。昨年8月に閣議決定された第4期科学技術基本計画において、ライフイノベーションを強力に推進することにより、医療・介護・健康サービスなどの産業を創成することが重要課題となっているように、医工連携は単に医療に技術革新をもたらすだけでなく、新しい産業分野を切り開くことが期待されている。そのため、自治体などでも医工連携によるさまざまなプロジェクトが進行中であるが、必ずしもスムーズに進んでいない。その大きな原因は、図に示すように、医療と産業の間に大きなギャップが存在するからである。

=

図 医療と産業のギャップ

このようなギャップは分野融合の場面では必ず存在するが、医工連携ではギャップが大きく、それを埋めるためには、省力化・低コスト化、知財、人材育成、標準化、DB化、機構解明などの戦略を総合的に展開することが必要となる。

たとえば産総研では、産総研関西センターにヒト細胞の培養施設(セルプロセッシングセンター)を設置し、病院で採取された骨髄を培養して、セラミックなどの人工関節上で骨になる細胞を誘導するなどして、それを病院に戻して移植する再生医療をすでに100例近く行っている。この過程では、細胞の培養液交換、培養状況のチェックなど多くの人手が必要であるが、産業化のためには、省力化・低コスト化することが必須となる。産総研では、いくつかの企業と共同研究を行い、この点を自動化・機械化などで克服しようとしている。

また、培養表皮で実用化されているように、細胞・組織デバイスなども製品として販売され、病院で使うというような時代となってきているが、医工連携の成果の実用化のためには、規格・標準化する必要があることは言うまでもない。

さらに、医工連携のような分野融合的領域で活躍できる人材は大きく不足している。分野融合では最先端どうしの高度な結びつきが必要な場合もあるが、一つの分野で陳腐な技術が他分野では画期的技術となることがある。例として産総研ナノシステム研究部門の田中丈士グループ長の単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の分離を紹介したい。SWCNTには炭素原子配列によって、金属的な性質のものと半導体的な性質のものが存在するが、合成されたものには両者が混在するため、その分離はナノテクノロジー分野では大きな課題となっていた。田中らは、生物工学分野ではルーチンな技術であるアガロースゲル電気泳動で分離できることを示し、最近、セファクリルのカラムで単一構造の半導体型SWCNTを簡単に分離・回収できる技術を開発した(Nat. Commun., 2, 309 (2011))。

田中は今中忠行教授のもと超好熱菌のキチナーゼなどを研究する生物工学分野で博士号を取得したが、ナノテクノロジーと生物工学の融合分野に挑戦したいということで産総研に入所した。そのバックグランドが見事に活かされた結果からは、一見すると易しい分野融合のように見えるが、まさに、今中先生が本誌89巻8号の巻頭言に書かれているようなHazardous Journeyであった。筆者は、科学技術振興調整費でナノバイオ分野の人材育成を行うプロジェクトのリーダーを務めたが、融合分野で成功するためには幅広い知識の獲得への意欲とともに、簡単にはあきらめない強い精神力が必須である。しかし分野融合では、結果から見れば易しい場合も多いので、一つの分野で一定の成果をあげた若い研究者が、どんどん他分野との融合分野に挑戦していって欲しいと思っている。


著者紹介 産業技術総合研究所・理事(ライフサイエンス分野研究統括)

 

►生物工学会誌 –『巻頭言』一覧