生物工学会誌 第98巻 第1号
会長 髙木 昌宏

 新年明けましておめでとうございます。
 お正月を代表する料理に、お雑煮があります。皆さんが召し上がったお雑煮は、どんなだったでしょうか?周囲の人に尋ねると、「家のお雑煮は、普通の……」と答えつつ、その中身は、ずいぶんと異なっていたりします。興味のある方は、お雑煮マップ(https://chefgohan.gnavi.co.jp/season/ozoni/)をご覧ください。あまりの種類の多さに、驚かれることと思います。お雑煮に限らず、当たり前だと思っていることを、詳しく調べて考えてみると、思わぬ発見があり、自分の先入観の危うさに気づかされるものです

我々は(少なくとも私は)、子供の頃から、「よく考えろ」「ちゃんと考えろ」と言われ続けてきました。皆さんは、「考えなくては……」と思いつつも、いったい「考える」とは、どういうことなのだろうかと疑問に思ったことはありませんか?

【考えるとは?】
「考える」を要素に分解すると、次の4種類になるそうです。

  1. 「より深く」考える。
  2. 「より広く」考える。
  3. 「分けて」考える。
  4. 「筋道を立てて」考える。

 このことを知るだけでも、考えるプロセスが整理できそうで、基本は「もれなくダブりなく事柄を洗い出す」「事柄について、基本軸を明確にしつつ、全体像を把握する」「解決法を優先順位をつけて策定する」ということになります。しかし、我々が思い浮かべる「考える」となると、ほとんどの場合、結局、「深く考える」しか頭になくて、「広く」「分けて」考えることを忘れてしまっています。いい大人が集まって議論する、大学や会社の会議でもよくありそうな話です。「広く」「分けて」考え、そこから筋道を見つけ出すには、たとえば図にしてみるのも有効な方法で、その代表が、「ロジックツリー」です。詳しくは述べませんが、興味のある方は、ぜひ調べて、使ってみてください。

【演繹・帰納・アブダクション】
「筋道を立てて考える」というのは、まさに論理的思考です。この論理的思考は3つに分けられ、「演繹」「帰納」「アブダクション」です。「演繹法」は、一般的に正しいとされることと、ある事象から妥当と考えられる結論を導き出す手法、「帰納法」は、複数の事象をもとに一つの結論を導き出す方法で、これらについては、御存知の方も多いと思われます。多くの日本人が、知らないか、使いこなせていない手法に、「アブダクション」があります。これは、「仮説形成」とも言われる論理展開法で、起きた事象に対する仮説を立てて、検証する手法です。仮説は、あくまでも仮説なので、間違っている可能性もあります。失敗を極度に怖れる日本人は、特にこの「アブダクション」という思考方法は、苦手だと思われます。

【応用基礎研究とアブダクション】 
哲学者の西田幾多郎は、「生きるために便利だから真理なのではなく、逆に真理だから、我々の生活にとって、有用にされ得るのである。」(哲学概論)と述べています。本誌97巻6号の会長挨拶で、望遠鏡から幾何光学が、蒸気機関から熱力学が発展したことを例に、応用基礎研究(応用が先で、基礎が後)について紹介させていただきました。見方を変えると、応用研究は、我々を真理に導く「アブダクション」を与えてくれるのです。欧米の先端科学に追随する状況、つまりは正しい仮説(ゴール)が与えられている状況から日本が抜け出すカギは、独創的な「アブダクション」にあると思います。そして我々の個性、人生もまた、いかなる「仮説」を設け、それをいかに証明するかで決まると言えるのではないでしょうか?

 研究はもちろん、人生においても、今年は「仮説」を立て「証明」を試みる思考法を実践したいものです。
「プロならプロであることを証明しなければならない」(広岡達朗:野球解説者)
「各人はいわば一つの仮説を証明するために生れている」(三木 清:人生論ノート)


著者紹介 北陸先端科学技術大学院大学(教授)、日本生物工学会(会長)

►生物工学会誌 –『巻頭言』一覧