【随縁随意】秋入学に想う – 棟方 正信
生物工学会誌 第89巻 第10号
棟方 正信
「秋入学、東大が移行検討」という記事が目についた。文部科学省が「原則4月入学」を各大学の裁量にまかせるとしたのは確か2008年だったと思う。すでにいくつかの大学で秋入学は実施されているのにこの騒ぎが起きたのは、東京大学が本格的に検討し始めたことによって、高卒から大学入学までの半年間の空白、卒業後就職までのギャップイヤーといった以前から問題視されていた弊害が全国規模になる可能性があるからだと思う。私も欧米大学院の9月入学でかつて悩んだことを思いだした。
6年前「魅力ある大学院教育イニシアティブ」に「π型フロントランナー博士育成プログラム」が採択され、実行した時のことである。企業の研究所に25年間居た時、研究者の採用に関り、すべてとは言わないが、大学院での実験技術・スキルを買うという観点からの採用はあまり重要ではなく、上から与えられた研究開発テーマでも「研究開発する喜び」を見いだし問題を見つけ、調べ企画実行する能力が欠如した者は役に立たないということが判った。また即、研究チームリーダーになれる年齢の博士後期課程修了者のなかには、リーダーシップが欠如、あるいは専門以外には興味を示さない者も少なからずいた。異業種の開発でしかも後発のため、売り手市場だった遺伝子組換えや動物細胞培養の大学院修了者を求めた時期だったのでやむを得ない面もあった。
その後、異業種開発部門はリストラの対象となり、私は実学重視の工学系の大学・大学院で16年間、生物工学関係の研究・教育をする立場となった。欧米並みに企業で活躍できる人材を育成したいと思い、卒論、修論のテーマを選択させる際には「よく遊び(探し回り)よく学べ」と「好きこそ物の上手なれ」をキーワードに、苦しい時もあるが、教科書にないサプライズに巡り会う喜び、すなわち「研究開発の喜び」を得る事ができるようにと指導し、少なくとも自己学習能力は身につけて育っていってくれた。教育担当副研究科長の時、博士後期課程進学率向上に取り組んだが、なかなか進まなかった。個々の教員の努力では、博士後期課程進学者を増やし、しかも就職口の広い企業研究に目を向けさせるのは難しいと考えていた時、「魅力ある大学院教育イニシアティブ」の公募があり、スクーリングと経済的支援欠如の弊害を除くチャンスと考えた。
ダブルメジャーからなるπ型教育システム、経済支援(リサーチアシスタント制度活用の授業料全額相当分の賃金:全国に波及)、研究費助成(審査有り)、研究チームメンバーへの支援(リーダーシップ育成目的:博士後期課程学生が前期課程学生をメンバーとしてプロジェクト研究する場合、前期課程学生への経済的支援)、短期海外大学留学を含むインターンシップ制度、などを2年間行い、一部は制度化した。経済的支援の効果はあったが、問題も残った。
一つは研究リーダーシップ育成目的の「研究チーム」申請が少なかったことである。学位論文は「個人の研究」という教授の考えが多かったためと思う。次に問題だったのは、海外インターンシップである。単位互換制度がなく、しかも秋入学なので、半年~1年間の留年をせざるを得ないという弊害があった。この弊害は企業よりも大学院の方が大きかった。工学系では大学より大学院留学が出入りともに多いのが現状で、メインの大学院入学を9月にすることのほうが、大学秋入学より社会への弊害も少なく有意義と考えられた。
自己学習能力を有した研究者を育てるには経済的支援だけではだめで、自分の性に合った、指導を受けたいと思う指導者に巡り会い「研究開発の喜び」を得ることが重要だと思う。工学系では本格的な研究教育を受けられるのは大学院なので、大学院入学前に自分にあった研究テーマ、指導者を探すチャンスが重要となる。大卒から大学院入学までの空白の5ヶ月間を自分の将来探しの旅にでるのも良いのではないかと思った(修了後の4月就職までのギャップは、努力し短縮修了すれば回避可能)。大学機関別認証評価がすすみ、Bologna Process に参加し、単位互換制度がグローバルとなり、大学院入学がグローバルスタンダードの9月になることは、若手研究開発者育成に大事ではないかと今でも想っている。
著者紹介 北海道大学名誉教授、井原水産(株)顧問