【随縁随意】無駄による効率化?-橋本 篤
生物工学会誌 第99巻 第12号
橋本 篤
新型コロナ感染症が世界中で猛威を振るい、我々のほとんどの活動に深刻な影響を及ぼしている。それは、教育・研究活動も例外ではなく、大学教員である我々の日常も大きく変化した。大学教員としての職務は教育と研究、それに管理・運営などであるが、どの業務においても、人と人との接触頻度を下げる工夫がなされるようになった。その特徴的なものの一つがオンライン会議システムの普及である。オンライン会議システムは以前から存在しており、海外の研究者とのやりとりなどに関してはこれまでも利用されていた。しかしながら、オンライン会議システムが学内外における日常的な会議や授業などにおいて頻繁に使用されるようになったのは、コロナ禍以降といえる。このように、我々はコロナ禍をきっかけとして、これまであまり意識してこなかった事柄を無理することなく省けることに気付いた。大学の授業においても、必ずしも対面で行う必要がなく、むしろオンライン(オンデマンド)形式を活用した方が適した特性の授業もあった。
情報伝達・交換などの側面だけを考えると、移動時間や設備の利用料を節約することは効率的で便利ではあるが、物足りなさを感じるのも事実である。昭和のアナログ人間であるために感じる部分は多々あるかもしれないが、それだけではないとも思う。コロナ禍において、我々はこれまでの無駄に気付いた一方で、効率的な側面からの「無駄」の重要性を感じることができたのではないか。学生たちは巧みにオンライン授業を活用しているが、やはりキャンパスライフを望んでいる。現在、会議や授業などだけではなく、さまざまな事柄がデジタル化され、利便性が向上している。私自身も食・農分野における情報化に関わる研究を進めている。マスコミでもDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が躍っている。しかしながら、DXとは、ITにより人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念であるので、単純なデジタルシフトではないはずである。
ところで、欧州連合(EU)の「欧州グリーンディール(European Green Deal)」の取組みは、EUからの温室効果ガスの排出を実質ゼロにするとともに、経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人々のために機能させることで温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーション促進することを目指している。また、現在ではSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)という単語を耳にしない日がないほどである。私の研究と関係する食・農分野においても、日本の農林水産省が「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」を発表している。どれも問題を抱えているのは確かだと思うが、多面的な意味で「持続性(sustainability)」がキーワードとなっている。
大学教員の本務である教育・研究に関して持続性は重要であるとともに、研究遂行の上でも欠かせない概念のひとつとなっている。しかしながら、見かけ上の効率化が求められることが多く、評価にも入ってきている。これまでの自分の研究活動に目を向けてみると、最短距離よりも筋の良さに主眼を置いた場合の方が、その後の研究活動に役立っていると思われる。最近はそのようなことを無駄と考えられることが多いが、極限まで無駄を省くと目の先のことしか考えなくなり、結果として脆弱性が増すのではないだろうか。コロナ禍は日常生活から研究活動までさまざまなベクトルから無駄ではなく、ゆとりの重要性について考える機会を与えてくれた。我々は、この機会を「無駄」にせず、教育・研究活動のみならず日常生活においても効率の意味を再考する時ではないかと考える。
著者紹介 三重大学大学院生物資源学研究科(教授)