生物工学会誌 第99巻 第10号
後藤 雅宏

今年は沖縄の大会参加を楽しみにしていたが、それも叶わなかった。正直、新型コロナ感染症(以下コロナ)の影響がここまで長期に及ぶとは予測していなかった。2020年の4月7日の緊急事態宣言以来、オンライン会議が定着し、今や誰しも3大Webツール(Zoom、Teams、WebEx)を使いこなす時代になってきた。
コロナがもたらした半ば強制的なIT改革は、今世紀最大の変革をもたらしたと言えるのではないだろうか。おそらく、コロナが収束しても元の形には完全に戻らないことは予想に難くない。今後は対面とオンラインの相互補完による新しい学会モデルが構築される可能性が高いと考えられる。

さて、振り返ってみると、コロナ収束のためには、ワクチン接種が一番の鍵だったことになる。ワクチンとは、病原体の特徴を前もって体の免疫システムに記憶させるものである。うまく記憶させることができれば、体内に危険ウイルスが侵入してきた時に、その記憶を基にウイルスを攻撃する抗体を作り出すことができる。

ワクチンには、以前から弱毒化および不活化したワクチンが用いられてきた。コロナワクチンの内、中国製の2つのワクチンはこの旧来型の不活化ワクチンである。日頃身近なインフルエンザのワクチンが代表的な不活化ワクチンであり、その予防効果は40~60 %と言われている。日本でもKMバイオロジクス社
(旧化血研)はこの不活化の手法でコロナのワクチン開発を進めている。

一方、現在コロナワクチンの主流は、次世代型ワクチンと言われるメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンである。従来、RNAは分解されやすく、実用化はとても困難とみられてきた。しかし、そのmRNAの炎症性を低下させタンパク質の変換効率を飛躍的に改善し実用化にこぎつけた技術が、“ウリジン”の“シュードウリジン”変換のアイデアである。この技術の提案者は、本年4号の巻頭言1)でも広島大学の黒田先生が記されているように、ハンガリー出身の女性研究員カタリン・カリコ博士である。同氏のインタビューを収録した2021年5月27日にNHKで放映された“新型コロナ世界からの報告”の中で、この発明は、2005年彼女がペンシルベニア大にいた当時、同大のドリュー・ワイスマン教授との共同研究の成果と報告されている。この2人が、まさに今年のノーベル医学生理学賞の最有力候補であることは間違いない(本稿が掲載された頃にはその答えが出ていると思われる)。多くの研究者がその可能性に気づかない中、ドイツのBioNTech社は、この技術に注目しカリコ博士を2013年に副社長として迎え入れている。同社は、この技術を基にファイザーと2018年にインフルエンザのmRNAワクチン開発に着手したが、その後、この技術はコロナワクチン開発に転用されたと考えられる。今回の鍵となる“シュードウリジン”に関しては、2013年の本誌5号のバイオミディア2)に冨川千恵氏の解説記事がある。米国のモデルナも基本的には同じ原理のmRNAワクチンである。一方、英国のアストラゼネカ社のワクチンは、同じ次世代型ワクチンでもウイルスベクター型のワクチンであり、その仕組みが少し異なる。

日本のワクチン開発は遅れを取っているが、その主な原因は、臨床試験の困難さにある。臨床試験では、ワクチン投与群と偽薬(プラセボ)群との有効性比較データが必須となるが、現在の日本の状況下でプラセボ群を確保することは容易ではなく、薬事申請の大きな障害となっている。

最後に、ワクチン接種の副作用に触れておきたい。ワクチン接種の副作用について、若い女性の方がその割合が高いことが報告されている。その原因は明らかにされていないが、一説には化粧品に含まれているPEG(ポリエチレングリコール)の影響が疑われている(まだ、科学的に実証された例はない)。私達は、2016年からフランスの大手化粧品メーカーC社との共同研究を開始した。その際、研究所トップのM氏から、当社ではPEG系界面活性剤が免疫系に影響を及ぼす疑いがあるため、PEGの使用は禁止されていますとの説明を受けた。個人的には、C社の高級化粧品しか使用していない女性群のデータを検証してみたいと思っている。

1) 黒田章夫:生物工学、99, 161 (2021).
2) 冨川千恵:生物工学、91, 259 (2013).


著者紹介 九州大学大学院工学研究院(主幹教授)

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