【随縁随意】偶然という必然-新城 雅子
生物工学会誌 第99巻 第7号
新城 雅子
パンデミックに遭遇し、物理的に制限される中、時空を超えて多面的に想いを馳せるようになった。COVID-19について、人類とウイルスの戦いという切り口で報道される中、日々医療現場で尽力されている医療従事者の方に心より感謝の気持ちをお伝えしたい。
大学での活動においてもこの一年余、学生も教職員も不便な思いをしながら、さまざまな工夫をし、新しい社会状況への適応模索元年となった。私は在宅勤務の時間が増え、過去の自身の研究を思い起こし異なる切り口で生物の悠久の営みを考えている。現時点での私の想いは、ウイルスを含む外来遺伝因子と良いバランスで共存するのが賢明というもの。生物としてのヒトが他の生物と共存して今後百年、千年、万年生き続けるために必要なことは、今地球上で宇宙で最強になることではないと思う。限りある資源を宇宙全体の変化に応じて、恒に未来の生物、非生物に想いを馳せ利用させてもらうという謙虚な気持ちになる。
大学時代、故江夏敏郎先生の講義「醗酵生理学」で、ジャック・モノー著『偶然と必然』を題材とするレポート課題があった。当時、哲学的なフレーバにむせながらも、その論理の切れ味が骨身に沁みた。その後40年余り、偶然と必然のパワーバランスとその時々の結末を見ることになった。修士研究の中で、Bacillus licheniformisのバクテリオファージを電顕観察した。このファージはバクテリアの表面にまるで月面着陸する様相で、DNAをバクテリアに注入する。この感染ファージDNAは宿主内に隠れ(溶原化)、環境の変化による緊急事態を感知すると誘発され、宿主内で激増し、宿主を破壊し環境に飛び出し、次の宿主に感染しまた隠密生活を始める。感染直後から宿主で増幅して宿主の命を奪う攻撃(ビルレント)タイプもあるが、すぐ周囲に宿主が途絶えてしまう。
同じく修士研究で、トリプトファン高生産菌育種目的で大腸菌のトリプトファンオペロンをセルフクローニングした。ところが、培養中に人間の都合で同居させられた組換えプラスミドから、お仕着せのトリプトファンオペロン配列が、ある確率で中立的に起こるトランスポゾン由来の繰り返し配列関与の組換えで欠失し、その株は身軽になり、より速い増殖能を得た。“偶然に”生じた欠失株は、みるみるうちに大腸菌社会の優占種になった。この現象を就職先の製薬企業の研究室でも追体験した。ビタミン製造前駆体生産菌の育種研究において、長年工業レベルで使用されていた菌株は時々ファージ感染に見舞われたことを知った。その株のゲノム配列から、環境変化との闘いが壮絶であったことが想起された。過酷な環境変化に対応する武器は、過去に偶然遭遇し自己ゲノム内に侵入していたファージ、トランスポゾン、IS因子由来配列であり、それらが誘発する“偶然”の遺伝子(構造)変異が、生き残りに貢献したことを想像させる。COVID-19は、より劇症だったSARSと比較し、人間を宿主として賢く利用しているという見方もある。私はウイルスに意思があるとは信じていなかったが、Bacillusのファージ間で情報交換をしているという報告が2017年にNatureに発表された。ファージ間の宿主の密度を知らせる情報伝達だというから驚きだ。この自己増殖制御機構を地球で存続する戦略として備えてきたと想うと感銘すら受ける。
大学教育現場ではSDGsをコアコンセプトとする「科学技術の社会実装」という英語授業を担当している。留学生と日本人学生が国境を越え、研究領域(バイオサイエンス、情報科学、物質創成科学)を超えて、各国の課題共有後、グローバル視点で課題解決案を討論し、スタートアップのピッチプレゼンをするという模擬授業だ。私自身のグローバル勤務(日米欧)経験から、「均一な環境で順風満帆の人生を送るより、修羅場を経験した異分野の人生経験者の連携が激動の時代の荒れ狂う波を乗り越える力を生み出すと思う」と伝えている。留学生は自国の課題意識があり、「自身の課題のソリューションは日本ですでに整っているのでそれを自国にも展開したい」と提案する。それを聞いた日本人学生は驚き、嬉しく思い、日本人だからこそグローバルに貢献するアンメットニーズがあると知る。日本人学生および外国人学生である本誌の若い読者の皆様には覚悟と勇気を持って、“偶然という必然”(想定外とも言われる)から学び、地球・宇宙規模の共存を意識し、ボーダーを超えた協働を発展させ未来を「共創」して欲しいと願っている。その背中を押す役目をもう少し果たせると嬉しい。
著者紹介 奈良先端科学技術大学院大学 教育推進機構(客員教授)、MS BioConsulting(個人事業主)