【随縁随意】『環境革命』アフター・コロナ-池 道彦
生物工学会誌 第99巻 第5号
池 道彦
水を中心とした環境の保全と修復を目的とする環境工学分野での研究開発と教育を生業にしている。元来、環境工学は、製品の生産やサービスの提供、その消費において生じる廃棄物や排水、排ガスをどうにか片付けるという役割を担うもので、利を生まず儲からない「負の技術」である。良い技術でも、コストが安くなければ実用化されず普及しないさだめなので、大きな富を生むメディカルバイオやアグリバイオの成功事例を見ると、つい拗ねたくなる。それでも、SDGs(Sustainable Development Goals)に示されたように、さまざまな環境問題の解決こそが人類の目標なのだから、自らの環境技術がいずれ社会に貢献すると信じて研究を行っている。古い言葉になってしまったが『環境革命』が起こりつつある、あるいは我々が起こすのだという気持ちが、その一つのよりどころである。環境革命は「エコロジーの原則に従って世界経済を再構築する」世界の大きな変化を示す概念であり(レスター・R・ブラウン)、産業革命、IT革命に続く新たな産業の革命ともいえよう。これにより、健全な水や空気や土に対して正当な対価が払われるようになり、環境問題への取組みが「負」から「普通」になる。
産業革命は蒸気機関の発明を契機とした産業の機械化により、またIT革命は高性能コンピュータによる情報技術の急伸により、いずれも画期的な新技術が主導する形で世界の価値観、社会や文化を変えた。これに対して環境革命は、これらとは逆に、地球温暖化をはじめとした環境問題が人類に突き付けられた結果としての価値観の転換が、技術の進展を主導する革命であろう。技術の波及効果が時代を変えるような成り行きにまかせてはおけず、『終末時計』の残り「100秒」の日限に間に合うように成し遂げるという制約がある。
この革命は一つの技術で実現できるものではない。温暖化対応を例にいえば、クリーンエネルギー開発だけでは日限には間に合わない。CO2 吸収源である森林やサンゴ礁の保護・再生、化石資源を使わないプラスチックなどのモノ創り、超省エネ型の製品群や住宅、都市創り……等々、あらゆる分野での取組みが必要である。
また、SDGsに示されたように、温暖化だけではなく対応しなければならない無数の環境問題があり、それらの解決が互いにTrade-offの関係になり得ることも十分理解する必要がある。私の領域でいえば、水環境を守るために高度な排水処理をすればするほど、エネルギーや資源の利用が増え、温暖化を助長し資源枯渇を早める。革命の担い手となる環境技術者は、あらゆる分野の先端科学技術を駆使し、しかもそれら相互の関係を理解しつつ、地球-人間システムの中で適正に組み合わせ、実装するという仕事を大急ぎでやってのけなくてはならない。
そこに新型コロナウイルスのパンデミックである。環境問題とは異なり直接に人の命を脅かすコロナ対応に人類の英知を集めてあたるのは当然のことであるが、環境革命はまた後回しになるのだろうなとも思う。
一方、私の感覚でいえばコロナの問題は環境問題と類似している。コロナ流行が人の生活様式や文化、価値観を一変させ、特効薬やワクチンなど最先端医療分野での開発を誘発する問題主導の技術革新が進みつつある。また、高性能マスク、消毒薬、ウイルス粒子拡散のシミュレーションや換気装置、感染者との接触可能性を知らせる情報システムなど、あらゆる領域での技術開発が行われ、実装が進められている。さらに、感染防止と経済活動に代表されるような、多くのTrade-offを考慮した対応が求められることも同じである。
コロナを克服するなかで得る、多分野連携型の科学技術の進展とそれを実装する社会変革の経験が人類の新たな学びとなり、アフター・コロナには案外、環境革命がすんなり進むことになるのかもしれないなどと夢想する。早い終息(収束)を願う。
著者紹介 大阪大学大学院工学研究科(教授)