【随縁随意】研究者が本来なすべきことは何か-竹山 春子
生物工学会誌 第99巻 第3号
竹山 春子
慣習的になりすぎて改革できなかったことが、まったくの突発的事態によって可能になるのを目のあたりにすることになりました。コロナ禍によって遠隔会議がこの1年でデフォルトになってきました。デメリットもありますがメリットも大きいと感じます。分野や業態にもよりますが、IoTの超進化した社会では、仕事場を自由に選んで働くことが当たり前として描かれていましたが、それが今回加速されてきています。多様なライフスタイルを実現することが現実味を持って社会に受け入れられつつあります。それに伴い、システムのセキュリティ強化など技術の高度化も必須であり、遅れ気味であった日本も独自の路線を模索することが課題となっており、技術開発が活発化するかと思います。日本の技術力は高い評価を受けている割には、有事の際に素早い活用がなされていないと感じます。対症療法的なコロナ対策研究費が拠出されていますが、他分野の研究も含め継続性を是非担保してほしいと思います。社会の頑強さ、柔軟性を担保するためには科学技術政策の転換が必要であり、基礎研究も含め先行研究投資をより真剣に考えるべきかと思います。
昨年、内閣府のムーンショットプログラムが各目標のもと始動しました。各省庁の元施策にリンクする必要はなく、今までにはなかった大胆な発想を、というコンセプトが原点にあったはずのものです。私も、農水系の目標5においてPMを務めることになりました。「そんなこと本当に可能なの?」と驚くような発想が必要だと思っています。JSTの未来食糧プログラムでアドバイザーを務める機会もあり、一次生産である水産・農業に関していろいろ考える機会がありました。養殖を陸上で行うという発想は新しいものではありませんが、日本ではコスト面での課題もあり規模は大きくありません。一方、ノルウェーでは、環境汚染対策としてサーモン養殖を陸上で行うシステム開発が進んでいますし、中国でも大規模に進んでいます。陸上での養殖が可能ならば、海上での農業はどうだろう?休耕田も多く存在しますが、規制にとらわれない海上農業は新しい価値を生む可能性があるのではないでしょうか。移動型の海上農業は台風を回避でき、さらには温度帯を選ぶこと、洋上エネルギーを利活用することで独立型にもすることが可能かと夢想しています。何でだめなの?ということを恐れず行うことが、予想しない未来を拓くかもしれません。
既成概念にとらわれない価値の創造を、今後育っていく若手研究者に担ってほしいと思っています。現在、若手研究者には偏重気味と言われるほど手厚い研究環境をつかみ取るチャンスが提示されています。その風潮はどんどん加速していて、博士後期課程からすでにその競争の場に出陣することが可能です。科研費での若手研究と基盤研究Bとの重複申請が可能になったことから若手の採択率は飛躍的に高くなっていますし、JSTも次々と若手対象の砲弾を撃ち込んでいます。女性研究者も10年前と比較すれば、大学でテニュアに残っている割合は少しずつ増加していますが、彼女らが教授になるまでにはあと10年、もしくは20年かかる気がしてなりません。ダイバーシティーの重要性は、最近身をもって感じています。女性ばかりでも、男性ばかりでも研究室はうまく回っていかないことを経験しています。性差だけでなく、個性、年齢の多様性も重要だと痛感します。ダイバーシティーの高い環境で育った研究者には縦割りではない横広がりのネットワークで研究する力が備わるのかもしれません。生物工学会では、男女共同参画やダイバーシティーの組織立った活動は今まで多くはなかったかと思いますが、今だからこそできることもあるのではないかと思っています。
古本屋で見つけた五木寛之の『林住期』(幻冬舎)という本を、時々読み返しています。ヒンズー教の「四住期」に「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」がありますが、働き盛りの研究者は「家住期」にいて、私はすでに「林住期」にいます。人が本来なすべきことは何か、を研究の場から再度考え直したいと思っています。
著者紹介 早稲田大学理工学術院(教授)