生物工学会誌 第99巻 第2号
坂口 正明

この度2020年9月30日をもちまして定年退職いたしました。同社で非常勤の再雇用で継続勤務いたしますが、会社人生の区切りとして入社以来40年の「想うこと」を紹介させていただきます。

 ★1980~1992年:発酵の技術開発(モルトやグレーンウイスキー、酵母増殖代謝とその発酵制御など)
 ★1992~1997年:工場での生産管理・開発(焼酎、アルコールの製造管理、現場技術開発、TQC活動など)
 ★1997~2020年:蒸留の技術開発(連続蒸留機、単式精留蒸留機での蒸留酒全般の技術開発など)
 ★2002~2016年:日本生物工学会関西支部、本部(実践的な交流ができる産学連携活動など)

蒸留酒の技術開発における40年を通じて、1) 種々の技術開発・現場改善の体験による新たな発見によってのみ本当の力が身に付く、2) 美味しい、安心・安全な品質にこだわる、3) 凛々しく品格のある設備設計をする、4) 仕事が楽しい、ことがキーであったと思っております。あっという間の40年間でした。テーマ、時間、良い先輩や仲間に恵まれたと思います。

最初の12年間は、酵母の増殖代謝と発酵制御に関係するテーマを実施し、原因と結果の因果関係を普遍的に深掘り解析することにより問題点を解決してきました。その基礎的な成果を「酒類におけるエステル生成に及ぼす要因とその調節機構」(バイオサイエンスとインダストリーの解説)1)、「酵母の増殖・代謝に及ぼす減圧の影響」(発酵工学会誌)2) などに投稿しました。

次の6年間は、生産工場(臼杵工場、大阪工場)での生産管理、改善活動、技術開発をおこない、研究開発で経験してきた普遍的な技術を現場で実践することができ、生産や製造の実践活動の楽しさを体験いたしました。

その後の22年間は、蒸留酒の技術開発、アルコールの品質保証に関係しました。専門外の分野でしたが、見様見真似ながら独自の蒸留理論の構築、蒸留シミュレーション技術と、それに裏付けられた実践的な技術開発ができるようになっていきました。「スピリッツ蒸留の理論と実践」や「連続蒸留酒の開発」(社内刊行)、「実用蒸留技術」(分離技術会編)などで蒸留理論とその応用技術を体系的にまとめることができました。

今となっては、蒸留技術で大きな成果を出したことになるのですが、当初は専門外の分野なのでやりたくはなかった仕事でした。仕事は「やりたい」「やりたくない」で決めるのではなく、まずはやってみてから「できる」「できない」で決めることであると身を持って体験しました。このことを社員教育の場などでお話しすると、体験した者が教える迫力が伝わっているようです。

40年の会社生活の中で、創業者鳥井信治郎から伝わり、社内の恩師から影響されていることがあります。たとえば、【やってみなはれ】まあ、そういわずに、とことんやってみなはれ。やらなわからしまへんで。莫大なエネルギーによる積極果敢な行動と挑戦をする。【陰徳】人に施しする者は、感謝を期待してはいけない。必ず良いことがある。【信用第一】売れるとか売れんとかの問題やない。一番大事なことは信用や。嘘をついてはいけない。【品質】これより上はない、飛び切りええもんを造っとくなはれ。表面的な看板ではなく、真にこだわりのある中身品質を造りだす。【仕事】楽しくやることこそが正義だ。

産業界のみならず学会関係者皆様方のご支援のおかげで日本生物工学会での活動も本当に楽しくやることができました。


1) 坂口正明:バイオサイエンスとインダストリー,47, 32 (1989).
2) 坂口正明ら:醗酵工学,68, 261 (1990).


著者紹介 サントリー(株)

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