生物工学会誌 第98巻 第12号
清水 浩

ご存知の通りのコロナ禍である。3月に、イタリアの友人とメールで話す機会があった時には「ロックダウン」という言葉の響きに驚き、大学は数か月すべてWeb講義をしているという話を、まだ遠い世界の話として聞いていた。最後に彼は「Stay home」と言ってくれた。そのあと、あれよ、あれよという間に日本全体が「緊急事態宣言」「休業要請」という濁流に飲み込まれていった。4月に講演受付を開始する予定であった本年度の生物工学会大会は、受付開始をひと月延期するも及ばず、本学会の長い歴史の中で初めての中止に追い込まれた。ご準備いただいた北日本支部実行委員会の先生方をはじめ関係各位の思いは察するに余りある。自然が我々の暮らしに大きな影響を及ぼすとき、いつも人間の無力を思い知る。今度もまたそうであった。しかし、その中でもWeb開催による本年度学会受賞者の講演とシンポジウムの開催決定は会長や実行委員長の英断と思う。

100年前にはスペイン風邪が流行ったのだと色々知らされ、その時も今もワクチンがなければ自粛して閉じこもるのが人類の知恵だと教えられた。各国の対応が日々比較され、強制力のない自粛要請が限界ですとのこと、最終的には自己判断、自己責任と現場の判断に委ねられ、「そんなに私たちいつも自由だったっけ」と多くの人々がフラストレーションを感じた。私たちの研究室も大学の要請が日に日に厳しくなっていく中、何度も考え、ルールを更新したが、最後はやむなく全員自宅での活動となった。ウイルス感染拡大が6月にやや収まってみると、医療従事者のがんばり、医療体制の整備、高齢者福祉の充実などなど、西欧諸国に比べても我が国のレベルは高く、また、色々な意見はあろうが、一人一人がこの程度の要請で見識を持って行動し、ウイルスの活動を一旦封じ込めることに成功したのはこの国に生きる人たちの矜持と言うべきである。これから、ファクターXの科学的理由も解明されていくではあろうが、一因として、この国の人々の行動様式があると思う。本稿を書いている7月には再び感染者数が急上昇しており、先はまったく見通せないが、このウイルスに関する情報も集まりつつある。今後もしばらくwithコロナを覚悟すべきと思う。

ひとたび、ウイルスの緊急事態制限が解除されると今度は、経済の命が大変だという。何年もかけて経済状況が持ち直してきたのに、たった2、3か月間、経済が止まるとこんなに影響を受けるというのは素人に信じがたいことである。金融、情報、物流、すべてがICTによってグローバルネットワークにつながっており、全体が止まった今、動き出すには大きな時間の遅れをともなう。現代社会という巨大なネットワークで流れ続けてきたフラックスがウイルスという外敵によって急ブレーキを踏まざるを得ず、もんどりうってひっくり返った状況だ。この後、どれくらいの厳しさが私たちを待っているのか誰にも分らない。世界中がネットワークでつながってしまっている以上、世界全体の活性化という方策しか道はなく、分断や利己的な振る舞いでは安定な状態はもたらされないということはおそらく間違っていない。コロナ禍の過ぎた世の中では新しい技術や行動様式も定着するだろう。

大会は開催されないが、先生方のご尽力で、この原稿を書いている間にWebシンポジウム開催の準備がされている。この拙文が会誌に掲載される頃にはシンポジウムはとうに終わっているはずである。何しろ初めてことだらけで心配は尽きないが成功裏に終わることを祈っている。一方、オンラインの開催には強みもある。要旨をダウンロード形式にするので講演者はいつもより字数を多くすることができるし、締め切りまでの時間に余裕がある。会場数のアレンジも比較的容易に調整できる。このような利点は物理的なスペースや時間の制限が少ないからできるのであろう。チャットなどのツールを使って、講演中に聞き手が考えていることを発信しておけば、座長はそれを見ながら聴衆の考えていることが分かって講演がより盛り上がるかもしれない。もちろん直接会って話をすることはかけがえがない事だけれど、同じものでなくても長所を生かして楽しみたいものだと思う。


著者紹介 大阪大学情報科学研究科・教授、日本生物工学会 庶務・会計担当理事

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