【随縁随意】横の「糸」の大切さ-大利 徹
生物工学会誌 第98巻 第11号
大利 徹
筆者は修士課程修了後、民間会社に約10年、新設地方公立大学に約15年、現在の北海道大学に所属して10年になる。この35年を振り返ってみると、多くの方々から頂いた多種多様なご助言が色々な場面で大いに役立った。この経験を、上下関係に代表される「縦」のつながりと、上下関係がない「横」のつながりの観点から、特に学生会員や若手の会員の方々に紹介したい。
「縦」と「横」のつながりの始まりは学部、修士の学生時代で、先生や先輩から現在の礎となる多くのスキルをご指導いただいた。この研究室における「縦」の関係は強く、卒業後もOB会などを通じて継続され、多くの場面で役立っている。他方、「横」のつながりでは、色々な意味で刺激をくれる同級生が数人いる。しかし、いずれも母集団が小さく、数は限られる。
やはり、筆者が刺激を受けた方々は社会に出てからが圧倒的に多い。民間企業では研究所勤務となり、「縦」の関係といえる上司から与えられた課題をひたすらこなしていた。数人の上司に仕えたが、各々に独自な研究スタイルは、その後大いに役立った。また、大学時代の基礎研究とは異なり、出口戦略に基づく企業における研究というものを学ぶことができた。「横」の関係では、研究所には出身大学・研究室が異なる多くの研究員がいたが、先輩社員が独自の手法で課題解決するのを目の当たりにし、豊富な知識に基づく発想力の大事さを痛感した。このように企業では、「縦」と「横」の両方のつながりで多くの方々から刺激を受けたが、一企業内の人脈であり、まだ母数は限られていた。
その後、大学教員に転職し、再度、母集団が小さい組織に属することになった。「縦」の関係では、新設大学設立のために招聘された重鎮の先生方から大局的に俯瞰する重要性を学ぶことできた。「横」のつながりでは、小規模大学ゆえに個々間では強かったが、数は知れていた。しかしそのころ、いくつかの学会活動に誘われ、初めて学会運営なるものに携わる機会を得た。それまでは、年次大会で細々と成果を発表する程度であったが、学会活動を通して他分野の先生方と交流する機会が増え、得られた幅広い知識や情報は、その後の研究に大いに役立った。このように、限られた人員の組織では、「横」のつながりが如何に重要であるかを実感した。
還暦を迎える年齢になると、助言を頂く「縦」関係は少なくなり、「横」のつながりがもっとも重要になっている。この「横」のつながりを広げるのにもっとも適しているのが学会であろう。筆者はいくつかの学会に所属しているが、生物工学会は多様なバックグラウンドを持つ会員数約3,000からなり、個々の会員がつながりを持つには最適な規模だと思う。そこで、若手会員の方には、年次大会はもとより、研究部会、シンポジウム、支部活動などにも積極的に参加し、多様な「横」のネットワークを構築することをお勧めしたい。また、若いうちから海外留学や海外の研究者との交流を通して、グローバルな「横」のつながりも積極的に構築していくべきだと思う。筆者の経験では、これらのつながりは、将来必ず役立つはずである。
最後に、中島みゆきの「糸」(作詞・作曲:中島みゆき)の歌詞の中に、「逢うべき糸に出逢えることを、人は仕合わせと呼びます」という一節がある。意味合いは違うかもしれないが、若手会員の方々も、逢うべき「横」の糸と多く出逢えることで、良い仕合わせ(めぐりあわせ)が多数あることを願う。
著者紹介 北海道大学大学院工学研究院(教授)、日本生物工学会(理事)