生物工学会誌 第97巻 第4号
宇多川 隆

産業界から大学へ、そして公設研究所と異なる文化の中で勤務する機会を得た。その間にバイオものづくりの研究・開発・生産に従事し、それぞれの立場でその面白さを経験してきたので一端を紹介する。

最初にバイオものづくりの面白さを知ったのは、入社して間もなく取り組んだ抗ウイルス剤の製法研究においてである。生産菌の探索を1年近く続けたが、ポジティブな結果がまったく得られず諦めかけていたところ、ある時、発酵(酵素反応)に使用していた培養器の温度が上昇するというトラブルに見舞われた。失敗かと思われたその発酵(反応)液を分析すると、なんと目的とする抗ウイルス性化合物(アデニンアラビノシド:Ara-A)が生成していたのである。生産の最適温度は60°Cにあり、室温まで冷却するとAra-Aの結晶がキラキラと出てきた。その時の感激は忘れられない。ヘルペスウイルスに効果的で、多くの関係者の尽力で工業化され、商品名アラセナAとして上市された。60°Cでは生産微生物の生育はおろか完全に死んでしまう。なぜ当該微生物は死ぬほどの温度で抗生物質を作るのか不思議であり、興味の尽きないところである。

他にも、高温で強い活性を示すアミラーゼやプロテアーゼなども中温微生物によって生産されることが知られている。生物の生育至適環境と酵素力価の至適条件が必ずしも一致しないところに生物触媒のスクリーニングの難しさと面白さがある。酵素活性の最適値の多様性は生物の進化と関係があるのかもしれない。一方、耐熱性DNAポリメラーゼは高温菌、アルカリプロテアーゼは好アルカリ細菌が生産するように生育環境と酵素の活性発現至適条件が一致するものは数多く知られている。

その後、地域資源をバイオの力で有効に活用するという研究に携わることになった。漁業が盛んな地域では、魚加工場から大量の副生物(アラ)が生成し、その多くは有償で廃棄されている。この副生物には良質なタンパク質とそれを分解する酵素が含まれている。分解酵素の最適温度は55°Cにあり、タンパク質は速やかに分解されてアミノ酸を遊離する。この性質を利用すると、魚加工副生物から短時間で魚醤を生産することができる。サバやブリの加工副生物を原料にした場合、1~3日で発酵が完結し、精製して得られる魚醤は旨味を呈していることから調味料として販売するに至っている。廃棄されていた副生物を短時間で有用物に変換するバイオの力に感動である。55°Cではサバやブリは生存できないが、体内の酵素が生きているところに生物の驚異を感じる。

高温発酵では速度が速くなるだけでなく、雑菌の生育がほとんど認められないので、都合の悪い化合物が副生しないことも大きな利点である。雑菌が汚染すると、Ara-A生産の場合アデニン部位がヒポキサンチンに分解されて抗ウイルス活性は弱くなる。魚醤では、ヒスチジンが分解されてアレルギー物資であるヒスタミンが生成する。

有用物質の生産研究において微生物などをスクリーニングする場合、中性・常温条件で実験することが多いが、温度やpHなどの条件を大胆に変えてみると、思いもよらない新しい反応や物質の発見につながる可能性がある。

現在の地球上に生存する生物は、過去のさまざまな環境を生き延びてきた生物の末裔であり、過去の過酷な環境に対応してきた能力がその遺伝子の中に隠されていると考えられる。この能力を引き出し、有用物質の生産に利用することは、バイオによるものづくり研究者の重要なミッションである。

常識にとらわれず、だれもが思いつかないような条件において発現される生物の力を利用し、有益なものを生産するバイオものづくりの面白さを味わってほしい。


著者紹介 福井県食品加工研究所(特別研究員)

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