生物工学会誌 第96巻 第12号
倉根 隆一郎

筆者はこれまでに産官学と3つの職場を経験してきました。次世代を担う研究者にエールを込めて3つの キーワードを贈りたいと考えています。①女神様の微笑みを見逃さないように! ②知識、文献などは重要だが、これらを超えた発想と展開力を! ③トータルで考える! これらを頭に入れて諦めずに努力することが読者の方々の将来につながると考えています。

①女神様の微笑みを見逃さないように! 女神様はすべての人々に等しく1~2回は微笑んでくれます。 筆者が伯東(株)野畑靖浩氏との共同研究成果として生物工学技術賞を受賞した微生物の生産する高機能性バイオポリマーは女神様の微笑みの賜物です。バイオポリマーは微生物が菌体外に生産する多糖類で、1gで2Lの水を吸水保持する吸水保水性バイオポリマーです。国内外の多くの有力化粧品メーカーにて乳液やクリームなどに保湿剤として広く使用されています。粗精物に水溶液を加えたところ、溶けずに吸水し始めた時に、突如、かわいい赤ちゃんが紙オムツをはいて歩き出した姿が目の前に現われました。きっと女神様に微笑んでいただいたと確信しています。

②知識、文献などの枠を超えた発想と展開力を! この事例の代表例はノーベル賞に輝いた山中伸弥教授です。筆者のつたない2事例を記します。
(1)有害な有機塩素化合物TCE(テトラクロロエチレン)の塩素呼吸細菌によるバイオレメディエーション。従来の知見では完全嫌気性塩素呼吸細菌を用いて一つずつ脱塩素して最終的にエチレンにするものですが、分解途中産物にTCEより強い発がん性があり、脱塩素スピードが遅く年単位を要します。テーマ設定にあたり、TCEより一つ塩素が嫌気的にはずれたトリクロロエチレンで止まり、かつ、ある程度の酸素耐性を有する塩素呼吸細菌を探し、その後は好気的処理法などにより処理することを考えました。1か月後には目的塩素呼吸細菌が世界で初めて見つかり、能力は年単位から3日に大幅にスピードアップし、リスクのない脱塩素工程が完成しました。これにより、経済的に優れかつリスク管理型となり、我が国のバイオレメディエーション指針の大臣認定第1号となりました。

(2)医療現場での抗生物質耐性腸内細菌の感染拡大を防止。伊勢志摩サミットでオバマ大統領から、抗生物質耐性菌の拡大に手をこまねいていると、人類はやがては中世時代の医療環境に戻る恐れがあるので、第4世代の抗生物質の開発とともに耐性菌の拡大防止策を各国協議すべきとの提案がありました。この事案はサミット宣言に書き込まれ、日本でもアクションプランになりました。筆者は愛知県衛生研究所の鈴木匡弘先生、山田和弘先生とサミット前より共同研究を開始しており、従来法では遺伝子タイピングの検出に約1週間必要であったのに対し、同精度で、わずか4時間で遺伝子タイピングが可能な新規検出法を開発しました。サミット後1か月には関東化学(株)よりキットとして販売されるに至り、全国の医療現場で抗生物質耐性菌の感染拡大防止に役立っています。

③トータルで考える! 生物工学分野では木質・草本系バイオマス利用がエネルギー課題です。糖化およびエタノール生産工程は各々優れた多くの研究報文があります。しかし、現行の脱リグニン工程は酸などによる物理化学的処理によりなされ、結果として生じる廃液(黒液)処理に必要なエネルギーは、エタノール として得られるエネルギーの数倍以上必要と報告されています。私共の研究室では新規取得した糸状菌などにより、短時間での直接、脱リグニン・糖化を可能とし、まだ実用化には至っていませんが、稲ワラなどよりビール程度のエタノール生産に至っています。研究課題の産業への展開を図る時などに何らかのトータル の指標(例、エネルギー)を入れると独自性のあるテーマにつながると考えられます。

筆者のこれまでの狭くつたない経験からですが、何らかの参考にしていただければ幸いと存じ、次世代を担う方々にエールを込めて3つのキーワードを贈ります。


著者紹介 中部大学客員教授

 

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