【随縁随意】独走的研究のススメ-養王田 正文
生物工学会誌 第96巻 第8号
養王田 正文
研究者としてSurvivalするには、Impact Factorの高いJournalに論文を発表し、Citation数の多い論文を出すことが求められている。渾身の研究成果をまとめてNatureなどに投稿しても、数日も経ないでEditorによりRejectされた経験をお持ちの方も多いだろう。NatureなどのEditorも雇われの身であり、JournalのImpact Factorを上げることで評価されている。その結果、Citationが多くなることが期待される論文を選別することになる。Citationが高いということは、内容が読者にとって面白いだけでなく、そのテーマに関わる研究者が多いことを意味している。必然的に、流行のテーマに関わる論文を選別することになる。
私は学部学生の時、学生実験が大嫌いだった。学科の学生全員が、一斉に結果の分かっている実験を行うことに意義を感じることができなかった。同じ課題で考察することなど、バカバカしくやる気にならなかった。学生実験に関してまったくダメな学生だった私が変わったのは、4年生の卒業研究からである。自分だけのテーマを自分独自の考え方で研究することに醍醐味を感じ、研究者の道を進むことになった。学生時代に指導していただいた西村肇先生が『冒険する頭―新しい科学の世界』1)という本の冒頭で以下のようなことを書かれている。
“研究というのは、どんな場合も、今まで人のやらなかったことをやることですから、研究をやるにはまず、人の前にでなければなりません。ハイウェイのように、みんなが走っている時はたいへんです。自分はもっとはやく走って列の先頭にでなければなりません。”
なぜか大学院でタンパク質の研究を志すことになった私が、テーマとして選んだのはF1-ATPaseだった。生化学研究の素人である私がどうせ後から追いかけるなら、当時もっとも重要で複雑なタンパク質の一つと考えられていたF1-ATPaseを研究するのが良いと考えたからである。F1-ATPaseの反応機構の解明にはX線結晶構造の解明が不可欠だったが、当時の技術では不可能であると考えられていた。そこで私は、各サブユニットを単独で解析して全体の構造を再構成するというアプローチを取ることにした。その実現のために、博士課程で好熱性F1-ATPaseのサブユニットの大腸菌発現系と再構成系を構築した。そのままF1-ATPaseの研究を続けるという道もあったが、指導していただいた吉田賢右先生らが私のアイデアで研究を行ってくれることになったので、独自のテーマを求めて企業に就職した。ご存知のように、後にJ. Walkerらが牛心筋ミトコンドリア由来F1-ATPaseの結晶構造解析に成功し、さらに吉田先生たちがF1-ATPaseが回転することを示し、J. Walkerと回転のモデルを最初に提唱したP. Boyerがノーベル化学賞を受賞した。私が意図した方向ではなかったが、F1-ATPaseの反応機構解明に貢献することができたのは私の誇りである。
企業から理化学研究所を経て、現在の東京農工大学までさまざまな研究を行っているが、研究に対する考えは変わっていない。流行のテーマで多くの研究者と同じ方向で研究を行えば、Citationの高い論文を出せることは分かっているが、どうしてもMotivationが上がらない。他の人が研究するなら、自分がその研究をする必要はないと思うからである。さらに、多くの研究者と競争して先んじて独創的な研究をすることは、ほとんど不可能である。あえて、ハイウェイを降りて、他の研究者が走らない独自のルートを探して進む独走的研究を考えながら研究を行って来ている。論文を出すときは苦労し、期待した程Citationが上がらないことも多いが、自分が満足のできる研究を進めることができている。さて、西村先生の本当に言いたかったことは先の引用の後にある。字数の関係で少し修正して紹介する。
“ハイウェイで追いつくには、ブロイラーのようになんでもすばやく吸収してしまえば良いです。しかし、本当の研究をするには、みんなが走りたがるハイウェイを降りて、まだ人が通ったことのない大地を歩く野生のにわとりになる必要があります。”
ハイウェイでは決まった方向にしか進むことができない。野生のニワトリのように自由に走り回る独走的な研究こそ科学技術の進歩につながると信じている。
1) 西村 肇:冒険する頭―新しい科学の世界、筑摩書房 (1983).
著者紹介 東京農工大学(教授