生物工学会誌 第96巻 第5号
日野 資弘

巻頭言を書くという大役を仰せつかった。さて何を書こうかと迷った。そこで、なぜ自分は生物工学会員になったのか、会員として得たことは何か、本会の特徴や魅力について改めて考えてみた。

私は、大阪大学の醗酵工学専攻を卒業後、藤沢薬品工業に入社し、醗酵産物から医薬品の種探しを約25年、その後、醗酵産物や動物細胞が生産するタンパク質の工業化を担当した。私は大学院時代の研究を発表するために本会の前身である醗酵工学会に入会した。約40年も前のことである。その間、本学会に参加して得たことは、発表の機会、技術情報の入手、人材交流の場であり、入会して30年が過ぎた頃より人材育成の場にもなった。

近年はバイオ医薬の最盛期であり、さらに再生医療の時代を迎えつつある。創薬技術の多様化から、入会する学会や研究会を決める際には、先端技術分野に特化したものを選ぶ傾向にあるように感じている。それに対して、本学会は、生物を起源とした幅広い有用物質の産業化について、工学的な視点で、基礎、応用を研究開発する研究者の集まりである。所属する研究者は、醸造、バイオマス利用、環境、バイオ医薬、再生医療などを研究開発する産官学の部門出身である。本会の大会はまさに異業種交流会である。ここが専門的な学会や研究会とは大きく異なる点であろう。

近年の学会選択の方向性からすると、扱われるテーマの分野が広範囲なことはメリットと感じられないかもしれない。しかし、個々のテーマを見ると、遺伝子、核酸、タンパク質、糖質、低分子や中分子代謝物などの生物由来の機能性分子が研究対象であり、微生物や動物細胞がその中心にある。さらに、微生物や動物細胞の遺伝子操作技術、培養技術、その生産物の分析技術、生産物の濃縮・分離技術、代謝物や画像の解析技術やシミュレーション技術などが用いられ、各分野において共通性が高い。

私が関わってきた醗酵医薬やバイオ医薬分野の過去の事例をいくつかあげてみよう。いずれの事例も異なる分野で開発された技術が応用されたものであることがわかる。①アミノ酸発酵の育種技術は醗酵医薬品の生産性向上技術に応用された。②今を時めくバイオ医薬の抗体医薬は、主にCHO細胞のFed Batch培養法で製造されるが、微生物で種々の有用物質生産に実績を上げた培養技術である。③計測・解析技術の進展により、高質の培養技術が構築できるようになっている。大会のシンポジウムでも取り上げられているように、代謝物や培養環境を精度よく解析できる計測技術は、食品関連の有用物質、醗酵医薬やバイオ医薬製造プロセス開発に貢献している。

これからの時代を担うと期待される再生医療の製造プロセスでは、バイオ医薬の製造技術、とりわけ培養装置、培地開発、代謝解析技術、ハーベスト技術などが非常に参考になると思われる。

以上のように、生物工学会がカバーする領域の中で構築されてきた種々の技術開発の歴史や最先端情報を学ぶことは、研究遂行において、知識の強化とともに発想転換のよい機会になると思われる。同じ分野で切磋琢磨、試行錯誤している研究者の中で議論するのも有意義だが、まったく異なる分野で同じ技術領域を持った研究者との交流こそが、ブレークスルーに重要だと感じている。

私の研究生活は、微生物産物の探索研究にはじまり、発酵産物・動物細胞由来タンパク質や抗体の工業化研究へと続き、現在は再生医療の世界にいる。振り返ってみると、それぞれの転換点において、新たな分野でやっていけるかという不安もあったが、その世界に入ってみると共通点の多さに気づき、少し異なる視点からものが見えることが強みになったように感じる。

生物工学会が、生物を中心にした生産技術開発の先端情報の交換や議論の場として、また、異業種交流の場としてますます発展することを期待している。


著者紹介 (株)ヘリオス 神戸研究所

 

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