【随縁随意】新しい研究テーマを立ち上げる-谷口 正之
生物工学会誌 第96巻 第3号
谷口 正之
学生や助教などの若手の時代には、指導教員や上司から研究テーマをいただくことが多いが、新しい一つの研究室や分野を担当することになると、新規性、将来性、革新性、波及性などがある研究テーマを自ら設定することが必須になる。若手の時代にやってきた研究を継続して発展させることは一つの方法であり、その分野をリードできる可能性が高いかもしれない。筆者も2人の恩師からいただいた研究テーマである「セルロース系バイオマス資源の有効利用」や「膜分離型バイオリアクターを用いた有用物質生産」に関連する研究を20年以上継続してきた。この間、「学位を取った後は、論文が先生だよ」「生産方法の研究であれば、おもしろい物質の生産を研究対象にしなさい」などのアドバイスを念頭に、その時々の教育研究環境を考慮して、どのような研究テーマを設定するかを常に考えてきた。
学会には、自身の発表以外に、新しい研究テーマの設定のヒントになる情報を収集するなどの目的を持って参加した。特に本学会では、数多くのヒントをいただき、また、多くの学会会員の方々と出会い、情報交換させていただいた。さらに、いただいたヒントなどをもとに新しいテーマの研究を開始する時には、厚顔も顧みず、研究材料の無償提供や新しい装置の借用などをお願いし、多くの学会会員の方々から多大なご支援をいただいた。もちろん、流動層型固体培養装置の開発など、多くの挫折や失敗もあったが、これらの支援のおかげで研究を継続してなんとか展開してきた。
研究室を主宰してしばらくは、研究テーマ間の相乗効果を期待して、またリスク分散のために、三つ程度の大テーマについて研究を同時に進めた。また、約15年前には新潟県内の企業や公設試を含めた「食品タンパク質の構造と機能」や「バクテリオシンによる清酒の火落ち防止」に関する共同研究なども開始した。その後、脱脂コメ糠や飼料用多収米を原料としたエタノールや乳酸の生産性を、稲わらなどのセルロース系バイオマスを原料とした場合と比較し、考察した。結局、セルロース系バイオマスを糖質などに変換する研究は中止することを決断した。さらに上記の共同研究を進める中で、「歯周病菌プロテアーゼを阻害するコメタンパク質由来ペプチドが抗菌活性を発揮する」という偶然の発見が、新しい研究テーマを立ち上げる契機になった。
約8年前からは、一つの大テーマ「食品タンパク質由来ペプチドの構造と機能」に集中して研究を進めている。この新テーマの研究の初期段階では、主に大学院生を所属大学内の他の研究室はもちろんのこと、他の大学(東京歯科大学、北陸先端科学技術大学院大学、京都大学など)や研究機関(国立医薬品食品衛生研究所など)に派遣して多くの実験手法を習得してもらい、研究の質のレベルアップに努めた。現在は、抗菌作用に加えて、ペプチドの抗炎症や創傷治癒などの機能に関する研究へと展開し、研究対象もタンパク質のアミノ酸配列に基づいて化学合成したペプチドから、食品タンパク質酵素加水分解物や発酵食品中の天然型ペプチドへと拡大し、三つ程度の中テーマを設けて研究を進めている。
研究テーマの設定は、研究者の存亡を左右する重要課題である。若手研究者がポジションを得た後は、いつもヒト、モノ、カネ、スペースなどの教育研究環境を熟慮して、これまでにやってきた研究を継続して発展させるか、その継続研究に関連する新しい研究テーマを立ち上げるか、まったく新しいテーマの研究を開拓するか、それらを決断するのは研究者の実力であるが、正解がない永遠の課題かもしれない。特に、重要なのは、やはり共同研究者、研究協力者、学生などのヒトであり、先輩・後輩はもちろんのこと、学会などでの新しい出会いを大切にし、活用してほしい。友達の友達も頼りにしたらよいと思う。以上、若手研究者が研究テーマを設定するときに、何かの参考になれば幸いである。
著者紹介 新潟大学自然科学系(工学部)(教授)