【随縁随意】研究と経営-近藤 恭一
生物工学会誌 第95巻 第2号
近藤 恭一
本会の賛助会員の1/3は発酵・醸造関係の企業ですが、筆者は、その一つの清酒メーカーで入社後20年間を研究部門で過ごした後、複数の異分野を経て現在に至っています。本会会員の40%は企業に所属しているとのことですので、現在は研究職や技術職でも、いずれ筆者のように研究に直接携わらない方も出てきます。そのような立場から、研究と経営について独り言を呟いてみます。
大小を問わず、多くの日本企業は、超高齢化社会への対応など、経験したことのない難局に直面しています。経営者は、猛スピードで変化していく環境下、企業の将来に向けて、国内外のトレンドや技術と市場の進化を見極めながら難局に立ち向かわねばなりません。現在の延長線上にはない明確な目標を掲げて、その実現のための計画を実行することが必要です。少なくとも10年先を見据えた「自社のありたい姿」を描き、経営計画に展開します。近年、経営計画の策定に関連するセミナーが頻繁に開催され、大盛況とのことです。企業の関心の高さと同時に、経営計画を策定する人材や将来の経営幹部の育成に腐心していることの表れでしょう。
企業の経営職は、入社以来の分業体制の中できちんと仕事をこなし、立派な成果を上げ続けてきた優秀なマネジャーから選ばれるのが一般的でしょうが、優秀なマネジャーといえども、必ずしも経営に適しているとは限りません。経営の勉強をする機会のないままに経営職に就けば、さらに状況を悪化させます。自分の守備範囲にこだわり、部分最適に邁進する「取締役担当者」に思い当たりませんか?そこで、キャリア形成の途中に経営の勉強の機会を与えることが増えているそうです。大企業の多くで「次世代経営幹部の育成」制度があるとのことですが、育成には長期間を要し、対象者をフォローし続けるのは困難だと予想できます。制度は、うまく機能しているのでしょうか?
このところ我が国の伝統的な企業であっても、MBAを取得したいわゆるプロの経営者にトップを委ねるケースが増えています。今までのような経験による経営ではなく、知識と視野の広さによる経営が求められるからといわれます。また、トップに理系の出身者が増えている気もします。製造業に限らないことから、目標達成のプロセスを論理的に構築する訓練がされているというのが理由のように思われます。研究でも目標を達成するには、現状や将来への洞察力と広範な知識に裏付けられた研究計画が必須です。そして、結果の保障がない新しい目標に向けて突き進んで行く勇気と数年間に及ぶ粘り強さが求められます。その点で研究と企業経営には相通じる点があり、研究は経営職の育成に有効なキャリアとなり得ると思います。企業で研究や技術部門に所属し、将来は経営を担いたいと考えている若い方や次世代の経営幹部をこれらの部門からも選抜しようと考えている立場の方に申し上げたいと思います。
モノ余り社会の中で自社製品の差別化のための技術開発に熱心に取り組んだ結果、皮肉にも品質の高いレベルでの均質化と否応なしの価格競争(低収益状況)を生み出してしまっています。企業経営の目的は、持続的な利益の確保であるにもかかわらず、戦略なき戦術の至るところです。顧客満足の向上のために品質や性能やデザインを改善することは、日々の事業にとって大切です。研究も改良やコストダウンなどのリノベーション的なテーマが多くなりがちです。しかし、難局からの脱出に求められているのはイノベーションです。これからの経営に役立つ、見えない未来に挑んでいく力を研究を通じて身につけるには、イノベーションとは言わないまでも、どこかにオリジナリティーを意識して取り組むことを薦めたいと思います。先行論文の補完的なテーマや、やれば結果が付いてくるようなテーマでなく、ささやかであっても洞察力が試されるような経験を積み上げていただきたいと思います。後輩諸氏のご活躍を祈念します。
著者紹介 白鶴酒造株式会社(取締役常務執行役員 経営企画室長)