生物工学会誌 第94巻 第6号
水光 正仁

今年の3月で定年退職を迎えることになり、最終講義を行った時、今までの研究を振り返ることになった。講義のタイトルを「基盤研究から国際共同研究そして地域創生研究へ」とした。ある若手の先生からは、私に対して「先生は世話焼き人生を送ってこられたから、そのやり方を教えてほしい」とリクエストがあった。

科研費(基盤研究)の申請、採択、活用を通じての「世話焼き」を紹介したい。思い起こすと、宮崎大学赴任当時から、常に科研費を意識し、年の初めの1月には、1年間の論文投稿の計を立てて、必ず9月までに掲載またはアクセプトにもって行くようにし、最新年度の論文をより多く見せることに努めてきた。また、申請書は、必ず身近な研究者に読んでもらうようにし、さらに研究室の学生にも読んでもらった。時々学生のシビアな指摘に肝を冷やしたことも思い出した。言われればなるほどという経験も数多くした。結果的に、ほぼ毎年何らかの科研費を獲得することができた。その科研費で購入する機器などは、私以外の人も利用できるものとすることに徹した。実は、これが研究室や周りの研究者とうまくやる「世話焼き人生」のスタートだったかもしれない。

国際共同研究に関しては、留学した際のボスであるロックフェラー大学ノーベル賞学者Lipmann教授とポスドクであったLiu博士(現、オハイオ州トレド大学薬学部教授)との出会いがきっかけとなった。実は、Lipmann教授が亡くなる前、ノーベル賞受賞金で購入されたニューヨーク近くの山荘で、「今後は水光とLiu博士は共同で「硫酸化」の研究をしてくれ」とお願いされ、その後すぐに亡くなられたので、それが、遺言となった。私達は、そのことを忠実に守り、30年間、国際共同研究を続けている。夏になると、学生を連れて、Liu博士のいるオクラホマ大学、テキサス大学そして現在のトレド大学へ行き実験を行い、また、ビールを飲みながら将来の研究計画を語ってきた。米国へ連れて行った学生は23名にもなっていた。これらの実績が、文部科学省主催の「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」へとつながり、今も活発に研究を展開している。

地域創生研究に関しては、まず、基盤研究の応用として宮崎県、企業と連携し大型研究プロジェクトを立ち上げた。2004年、JST主催の「宮崎県地域結集型共同研究」(食の機能を中心としたがん予防基盤技術創出)に採択され、5年間13億円の研究費を頂いた。今まで、購入できなかった遺伝子、タンパク質解析機器そして生理活性物質分離装置が、地方の宮崎に入り、100名もの地域の研究者の基盤技術を構築した。

南九州の風土病といわれるウイルス性の成人T細胞白血病(ATL)とC型肝炎ウイルスによる肝臓がんの発症機構解明と食による予防技術の開発を行った。特に、ただ1度の実験で、10項目の食品の機能性を推定する技術開発は、きわめて優れた成果となった。その推定実験から、ブルーベリー葉の熱水抽出物に両ウイルス原因病に対して予防効果を確認し、その活性物質も特定できた。この研究は、農学と医学そして工学分野が連携した、世の中に貢献する究極の研究であったと思っている。また、食の安心・安全を目指し、宮崎県と連携した農産物の残留農薬分析を基盤技術とした「(一般社団法人)食の安全分析センター」の設置も地域に貢献する事業となった。

これらの一連の研究は、研究技術はもとより、研究管理技術の能力が要求され、人の輪が最終的にもっとも重要であることも勉強した。さて、研究室の整理をしていると、懐かしい本・文献が山ほど出てきた。つい内容を読んでしまい、クラシックな技術も重要、そして最先端の技術はなお重要であることを感じた。多くの卒業生の知の結集は、卒業論文、修士論文そして博士論文となっている。これだけは、捨てられないでいる。

がむしゃらにやってきた36年間の大学での研究生活は、あっという間に過ぎて、まだまだやり残したことは多くあるが、次の世代に任せたい。次の世代の人たちも、研究を面白がってやって頂きたい。好奇心とは、すべてを発展させる原動力である。社会に送り出した多くの卒業生の活躍と学会などでできた多くの友人のご活躍を祈って筆を置きたい。


著者紹介 宮崎大学理事・副学長(研究・企画担当)

 

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