生物工学会誌 第93巻 第5号
正田 誠

2014年のノーベル物理学賞は3名の日本人に与えられた。受賞者ならびに関係者の喜びは大変なものであろう。私自身も、2000年に白川英樹先生がノーベル化学賞を授与されたときのことを思い出した。先生は私が奉職していた研究所において伝導性ポリマーを発見し、その功績で受賞されたが周囲の盛り上がりは大変なものであった。重厚なメダルを直接拝見でき、受賞にまつわる各種のエピソードが披露された。中でも先生は自分が必ずしも優秀な学生でなかったことを独白され、これが多くの若い研究者や大学院生に研究意欲を高揚させたことも確かである。

最近のノーベル賞受賞者は、他の追従を許さない程に群を抜いた秀才タイプというよりも、粘り強く一つのことをやり遂げるタイプの人が多い。今回の青色LEDも2000年の伝導性ポリマーも、実用化に非常な困難がともなっていたが、諦めずに20年近く奮闘した成果である。こうした努力の報いとして「幸運の女神がほほえんだ」ことも共通している。

今後も日本において研究の発展と成果が期待されるが、いくつかの課題もある。思いつくまま列挙してみる。まず今までのノーベル賞受賞者は必ずしも研究環境に恵まれていたとは言えない。むしろ逆境の中で出された成果である。現在は科学技術基本法が成立して以来、数十兆円の税金が使われ、研究費および研究環境も充実して恵まれた状況と言える。こうした良い研究環境からノーベル賞が輩出されることが望まれるが、研究費の分配方法や費用対効果などについて批判があることも事実である。日本の科学技術政策の方向性について、厳しい議論がなされる必要がある。

日本人は新たな問題を提起したり、仮説を立てることが苦手である。海外の情報と動向をいち早く察知して、類似の課題を提案したり、いち早く仮説を証明してきた。海外のノーベル賞受賞者から「感謝」されている研究者も多い。こうした体質は、実質がなくても、プレゼンテーションがうまい人が目立つという結果を生む。今後は大きなブレークスルーを生み出す新しい概念や方法を提示する能力が望まれる。研究を推進する上で若い人の力が必須である。実は次の時代を担う優秀な高校生が日本の大学を選択しなくなっている。日本人の海外留学者数が全体としては減少しているが、それは「安心、安全」を重視する内向な若者が増えたことと、海外の厳しさが分かってきたことによろう。しかし、トップクラスの若者にとって今後20–30年間、日本が人生を賭けるに値する国であるのか疑問視しているとすると、今後の日本の科学技術の発展に大いに影響するであろう。すでに優秀な野球やサッカーの選手が海外に出て活躍しているし、海外の国籍を取得して活躍している研究者もいるが、今後は若い優秀な頭脳が流出し続けることが心配である。

日本人の頭脳流失を補うために、海外から優秀な若者を受け入れることにした結果、大学が主にアジアの国に事務所をおき、宣伝活動を活発化するに至っている。果たして優秀なアジアの若者が日本を目指してやってくるであろうか。障害の一つが日本語という言葉である。仮に日本語が堪能であっても日本の企業には就職しにくいばかりか、将来の昇進に関して必ずしも平等ではない。私の研究室を出て、日本で職を得た外国人は、日本社会のflexibilityの少なさへの不満を国内外に発信している。私自身、海外の大学に授業に出かけ、授業後のfree talkingにおいて学生の本音を聞き出すと、彼らは欧米志向であることを正直に言う。特に優秀な学生は日本に関する正確な情報を持ち合わせており、彼らが日本を遠ざけているこうした要因を是非改善すべきである。

最近は火山噴火などの自然災害の予想も頻繁に報道されているが、こうした情報が外国人学生に対して、留学先としての日本の魅力をさらに失うことになるのではないかと危惧している。


著者紹介 東京工業大学名誉教授、エイブル株式会社顧問

 

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