生物工学会誌 第93巻 第3号
江崎 信芳

2013年11月に文部科学省から「国立大学改革プラン」が示された。今後10年で世界大学ランキングトップ100にわが国の10大学をランクインさせるという。世界の動きに遅れまいとする文部科学省(以下、文科省)の切迫感が滲み出ている。しかし、そもそも世界大学ランキングの意義を疑問視する声や、仮に意義を認めるとしても到底達成できないのでは、という声が多く聞かれる。文科省と意見交換する機会の多い大学執行部メンバーはまだしも、教育研究現場の教員の多くは戸惑っているのではないか。こうした、文科省(あるいは大学執行部)と現場教員の間の乖離は年々大きくなってきているように思われる。

筆者は2008年10月から6年間、京都大学の理事を務め、企画、評価、人事制度などの業務に携わるなかで、こうした乖離に起因する多くの問題に直面し、距離を縮めることの難しさを実感した。待ったなしなのかもしれないが、乖離が拡大していくとこの先どうなるのか、心配でならない。

国立大学は2004年4月からそれぞれ個別の国立大学法人になった。この間、国からの運営費交付金の配分額は毎年1.0 ~1.6%削減されている。京都大学の場合、2014年度の運営費交付金は、10年前の法人化直後の配分額の約85%に減額されている。一方、2014年度の人件費予算は運営費交付金総額の94%を占め、運営費交付金のほとんどが人件費に使われる。このまま減額が続けば、間もなく運営費交付金で人件費を賄うことができなくなるであろう。ほかの国立大学の状況も似たり寄ったりではないかと思われる。これだけをみれば、国はとんでもないことをしているようにみえる。

しかし、文科省は実は懸命に頑張っている。2014年度、全国86の国立大学に配分する運営費交付金の総額は1.1兆円に上り、この金額は実は前年度に比べてほとんど減額されていない。上記の運営費交付金は年々減額するが、それとは別に、大学ごとにメリハリをつけて配分する、いわゆる「袋予算」を別途確保しており、この「袋予算」分を含めると、国全体の運営費交付金の総額は昨年度に比べてほとんど減っていない。「袋予算」の中身としては、「国立大学改革強化推進事業(2014年度138億円)」などであり、配分されれば、学長のリーダーシップのもとで基盤的なことに使ってよい、といわれるものである。これをうまく使えれば、上述の縮減分を補填できるはずである。

ところが、こうした「袋予算」の資金配分を受けるためには、いろいろな条件が付されている。その顕著なものは、教員への年俸制導入であろう。2014年度と2015年度の2年間に全国立大学の1万人の教員に年俸制を導入し、研究大学では20%、それに準ずる大学では10%の教員に年俸制を導入してほしいという。この機会に、しっかりとした教員個人評価制度を確立するとともに、教員の流動性を高めてほしいという。しかし、研究大学とそれに準じる大学とは具体的にどの大学なのか、また、なぜ20%あるいは10%なのか、明確な説明がないので、教員は戸惑うばかりである。

今後、運営費交付金で人件費を賄えなくなると、たとえば1人の教員の人件費を2つの大学で折半するような必要性に迫られるかもしれない。その場合、年俸制教員でないと、人事制度上、折半はきわめて難しい。こうした年俸制導入の意義は頭では理解できても、自分と無関係な形で進めてほしいと願う教員は少なくなかろう。国立大学はそれぞれ法人組織になっているので、文科省としてできることは、「袋予算」の配分を通して各大学に考えてもらうしかないのかもしれない。

とはいえ、現場教員の理解と協力がなければ、中身のある改革は期待できない。そのためには、目標を具体的な数字で示す際に、なるほどと腑に落ちる理由を説明できるかどうかが鍵になるのであろう。


著者紹介 京都大学名誉教授

 

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