生物工学会誌 第93巻 第2号
永井 史郎

厚労省(2013年度)は全国医療機関に支払われた医療費が39兆3千億円であり、2014年度には40兆、国家予算の40%に達すると予想しています。一方、国際糖尿病連合(IDF)は、2013年度の世界糖尿病人口(20~79歳)が3億8200万人であり、2003年度(1億9400万人)から倍増したと報告しています。経済成長に伴い、糖尿病は中国、インド、アフリカでも年々深刻化しており、メキシコ、フランスなどでは高カロリー食品(加糖飲料など)への課税が導入され、USAでも検討中であるとか。日本での糖尿病患者(予備軍を含む)も2050万人になるようです(神戸新聞2014/9/2付)。

古い話ですが、1970年頃、廃糖蜜を原料にしたパン酵母生産(好気)でエタノール発酵の併発を防ぐ培養法を検討していました。ブドウ糖濃度を一定に保つことのできるケモスタット培養法で調べた結果、ブドウ糖濃度が100 mg/Lを超えると酸素供給が十分であるにも拘らず、エタノール発酵の併発が認められミトコンドリアの活性低下が示唆されました。

2000年、ブドウ糖を増殖制限因子(70%)にした酵母の培養では十分に与えた場合に比べ酵母の出芽回数が20回から28回に増えること、すなわち酵母の寿命が延びることが発見され長寿遺伝子(サーチュイン)と命名されまし1)。ヒト細胞でも確認されました。

基本的な特徴は、①NAD+依存性脱アセチル酵素が活性化し、DNAの複製が安定化する(長寿)。②核内転写因子(FOXO1)が活性化し、ミトコンドリアで抗酸化酸素(SOD、カタラーゼなど)の生成を促し、ミトコンドリアで発生している活性酸素種(reactive oxygen species, ROS)を無害化(水に)するなどです。

現在の飽食時代、血糖値(標準:60~110 mg/100 mL)が高くなる場合が多くあります。この場合、ミトコンドリアではNADH > NAD+になり過剰電子はROSの発生を加速し、細胞に酸化障害を与え「病」の根元となるようです。さらに高血糖ではブドウ糖(還元糖)は非酵素的にタンパク質と反応し(メイラード反応)、糖化物(advanced glycation end products, AGEs)をつくります(シッフ塩基、アマリド化合物など)。これらのラジカル反応はROSも発生する以外、血管内皮細胞のタンパク質の糖化を促進、血流障害の原因となり、脳、心疾患の要因となっています。高血糖はROSによる酸化(サビ)とAGEsによるタンパク質の糖化(コゲ)で万病の元となっています。ちなみに、哺乳動物の血糖値は、ネコ(肉食):71~148、イヌ(雑食):120~140、ブタ(雑食):70~120、マウス(雑食):75~115、ヒツジ(草食):60、ウサギ(草食):135など、一定範囲に保たれているようです2)

人類(ホモ・サピエンス、20万年前)が生活してきたアフリカでは飢餓との戦いでした。その結果からか、高血糖を下げる手段はインシュリンの分泌しかありません。そのため、ご存知の通り、インシュリン分泌が不調になると血糖値を下げることは困難になります。逆にブドウ糖が不足すると、貯蔵グリコーゲン、糖新生アミノ酸、グリセリン、乳酸などから補給できます。これらがなくなると脂質からケトン体でエネルギー生産が可能になるといったように、「多様的」に対応できます。稲作民族である私達は米麦を主食に生き抜いてきましたが、過酷な労働が伴うためエネルギー消費が大きく、庶民の高血糖は少なかったと思われます。

最近は健康維持のためカロリー制限によるダイエットも盛んですが、カロリー制限は糖質、タンパク質、脂質の燃焼熱を基準にして計算されています(生理的根拠が曖昧である)。一方、糖質制限は糖質のみを食事から減らす方法であり簡単です。先にも述べましたが、生活習慣病の原因は糖質過剰によるミトコンドリアの不調が主原因でミトコンドリア病とも呼ばれています3)。体重の10%はミトコンドリアで占められているようです。糖質制限とウォーキングなどの運動(ミトコンドリアの活性化)で健康長寿を目指したいものです。

1) NHK「サイエンスZERO」取材班,今井眞一郎編著:NHKサイエンスZERO 長寿遺伝子が寿命を延ばす,NHK出版 (2011).
2) 夏井 睦:炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学,光文社新書 (2013).
3) 近藤祥司ら:Newton, 12, 44 (2012).


著者紹介 広島大学名誉教授

 

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