生物工学会誌 第93巻 第1号
倉橋 修

新年明けましておめでとうございます。会員の皆様をはじめ、これまで学会活動にご参画、ご協力頂きました多くの皆様に、改めて御礼を申し上げます。

園元会長が2013年に掲げられた活動方針、重点課題(3アクション+7テーマ:学会HP参照)は、学会を取り巻く社会の環境変化に対応しつつ、創立100周年、さらにはその先に向けた学会の基盤作りを目指すものです。そのためには、学会および学会員がこれまでの考え方や行動を能動的に変えていくことが求められています。

少々古いデータになりますが、日本経済大学の後藤俊夫教授が2009年に発表された調査結果によると、日本には創業200年以上の歴史を有し、老舗と呼ばれる会社が3937社も存在するということです。最も長い歴史を有する会社は神社や寺を建立する金剛組で、なんと西暦578年に創業しています。世界各国の調査結果も示されており、2位以下は、ドイツ1850社、英国467社、フランス376社と続き、アジアでは中国75社、インド6社、韓国1社とのことです。米国企業は平均30年の短い寿命で衰亡していると言われていますが、老舗の多寡は必ずしも各国・各地域の歴史の長さとは相関しないように思えます。我国に老舗と呼ばれる会社が突出して多いのは、その地政学的な特性に加え、独自の文化、自然、風土、思想などが色濃く反映された結果ではないでしょうか。

日本のバイオインダストリーも例外でなく、長い歴史を誇る会社が多々存在します。醤油製造を生業としたヒゲタ醤油は1616年に、ヤマサ醤油は1645年、酒造りを生業とする月桂冠は1637年、大関は1711年、酢の醸造を生業とするマルカン酢は1649年に創業しています。我国の伝統的な発酵食品の会社以外でも、武田薬品工業は和漢薬の仲買商店として1781年に創業し、アサヒビールとサントリーは1889年に、キリンビールは1907年に創業しています。筆者の属する味の素は1909年に創業しており、100年を超える歴史を有していますが、各社ともバイオテクノロジーをコアコンピタンスとして経営の多角化を図りながら、事業規模を拡大しています。このように長期間に亘り存続できたのは、時代の変化を機敏に捉えつつ、新たな社会的価値、お客様価値を創造し続けてきたからこそであり、伝統は革新の連続であると言われる所以です。

東洋には自然に生かされているという思想があり、日本のバイオインダストリーは自然に謙虚に対峙し、自社の基盤に外からの異質な文化を鷹揚に取り込み、混ぜ合わせ、発酵、熟成させて自らの基盤を発展、拡大し、魅力的なものに変えてきたからこそ長期間に亘り、存続し得たのではないでしょうか。

さて、日本生物工学会は2022年に創立100周年を迎えます。本学会創立の端緒となった1910年の大阪高等工業学校醸造会の設立から数えれば、既に100年を超える歴史があり、国内の学会の中では伝統ある学会と言えます。1923年に大阪醸造学会として設立されて以来、1962年には日本醗酵工学会に、1992年には日本生物工学会へと学会名称が変更されると同時に学会の基盤を発展、拡大してきました。大阪醸造学会から日本醗酵工学会への改称は、同窓会的性格を併せ持つ学会が純粋学術団体へと大きく変貌を遂げるものでしたが、先輩諸氏が学会会員の声に真摯に向き合い、リスクを取って変革にチャレンジされたことが今日の発展に繋がっているものと推測します。日本生物工学会は、これからも原点を見つめながら、学会のステークホルダーの声に耳を傾け、能動的に自らを変えていくことが必要であると考えます。

一方で、決して変えてはならないものもあります。日本生物工学会の定款にはその目的が明確に示されていますが、筆者は日本生物工学会とは、日本独自の基盤(文化、自然、風土)に根ざし、生物を研究開発対象として実学(役に立つ知、技と新たな社会的価値の創造)を志す研究者が集い、学会本部・支部役員と会員の皆様、特に次世代を担う若手会員の皆様との双方向コミュニケーションによる切磋琢磨の場と考えています。これこそが本学会の変えてはならない原点ではないでしょうか。

日本生物工学会が、これからも社会的価値を創造する学会として発展し続ける事を願いつつ、年頭のご挨拶といたします。


著者紹介  味の素(株)(常務執行役員)
     バイオ・ファイン事業本部(副事業本部長)、バイオ・ファイン研究所(所長)

 

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