生物工学会誌 第92巻 第11号
久松 眞

若いころは面白そうと感じて行った直感的な行動や、あるいは経験を積んで独創的な計画を立て、ここは勝負と決断して行った直観的な行動でも、予想を超えた結果に出会うことがある。研究にも感性はあると思っているが説明が難しいので、とにかく体験を紹介する。

研究者として駆け出しの阪大産研時代、水溶性多糖類、サクシノグリカン(以後SGと略記)の研究をしていた。生合成の研究が行き詰り、ストレスを発散させるつもりで当時目新しかったHPLCでSGから抽出した有機酸の分析をした。すると、コハク酸のほかに大きなピークを検出、これがピルビン酸の発見となった。ピルビン酸のみを外したSGをメチル化分析し、糖結合情報を調べるガスクロ分析にかけると、構造がイメージできる見事なチャートが現れた。SGの構造解析はボス原田篤也教授(故人)の目標の一つであったので研究室一丸となって取り組んだ。研究室の同僚にも恵まれSGの構造解析で学位が取れた。SG産生微生物は、植物の遺伝子組換えに使われるアグロバクテリウムと同属であったことから、この多糖類の構造解析は我々の実績になった。

未完成となった生合成の研究も、多くの植物病原菌が産生するb-1,2-グルカンが重合度20程度の環状グルカンであることを証明するのに役立った。この時、共同研究者で糖分析でも先駆者の小泉京子先生(故人、武庫川女子大学薬学部教授)から分析哲学を教わった。糖の分離でやるだけやって困ったらNH2よりODSの方が頼りになる、均一溶媒(アイソクラテック)でこのカラムの超能力は発揮されるが、溶媒の作り方が重要と教えられた。53%のAB混合溶媒を作る場合、50% A液7部と60% B液3部で混合すること、そうすれば1%ずつ溶媒濃度を変えてHPLC分析を再現性よく行え、ベストな分離パターンが得られると。

米国ジョージア大学は、コロラド大学のアルバーシャイム教授と彼の研究室のメンバーを丸ごと引き抜き、最新分析装置を備え世界から注目される複合糖質研究拠点(CCRC)を立ち上げていた。三重大学に移ったころ自分の能力を試してみたくて、彼に受け入れを伺う手紙を出したところ、提示した雇用条件なら受け入れられるとの返事が届いた。キシログルカンのセルラーゼ分解物には重合度20前後のオリゴ糖が複数存在する。そのうちの1個、1 mg程度を分離する研究がCCRCの仕事となった。1年と短い滞在期間で結果を出すには、ある程度の成果が見込める実験方法をデザインする必要があった。そこで思い出したのが小泉先生の教え。はじめはゲルろ過で分け、次にNH2で分け、最後に溶媒濃度の選択を熟慮しODSで分取すれば何とかなると直観した。計画は大当たり、キシログルカンオリゴ糖を6種類純化でき構造解析も全部完了、CCRCのメンバーをうならせた。

21世紀に入ると改組や大学法人化など次から次と大学運営が変わり始めた。独自性がある基礎研究(シーズ)に加えて社会のニーズにも応えられる研究が求められる時代になった。そこで、残飯からバイオエタノールを生産する研究を選んだ。老化した澱粉や調味料として加えられた塩や油の影響で残飯は生澱粉と比べると酵素分解は容易でない。古い技術ではあるが硫酸糖化を選択し、硫酸が入った酸性下でエタノール発酵ができるストレス耐性酵母の研究を始めた。しかし、遅すぎた新分野への参入と産学官の連携型で研究する新しい体制には不慣れであったことと、会議が多くなり自分で研究しなくなったことなどから実験中に次の手を想像しにくくなった。若かったころと比べると研究の勘は鈍った。

研究できる若い時期こそ感性を磨く貴重な時期である。たくさんの経験の中に勘も入れてほしい。社会のニーズとマッチングさせることを頭に入れながら自分流の型が育ってきたころに大きな果実が転がってくるはずである。


著者紹介 三重大学名誉教授、三重大学社会連携研究センター伊賀研究拠点(副所長・特任教授)

 

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