【随縁随意】研究者,技術者に大切と思うこと-藤井 隆夫
生物工学会誌 第92巻 第7号
藤井 隆夫
研究者、技術者で大切なことは、研究対象に強い興味を持てること。つぎに、対象を自分の五感を動員してよく観察すること、それをよく吟味し、自身の経験や知識を駆使して考えること。対策や仮説を立て、積極的に実験(トライ)を繰り返し、本質を見極め、成果を出すことだろう。くわえて、まだ競合者が少ない、誰も考えつかなかったテーマに巡り会うなど研究のタイミングがよければ、成果を出せる確立がさらに高くなる。これらは当たり前の事柄だが、どこか恋愛と似ている気がする。
私の場合、嫌気性アンモニア酸化(anammox)というテーマに出会った。anammoxは、1990年代中盤に発見された、アンモニアと亜硝酸の酸化還元、脱窒反応であり、新発見のanammox菌と呼ばれる一群の細菌が行う化学独立栄養のエネルギー代謝である。当初、発見者のオランダ、デルフト工科大学のグループ以外に誰もanammox菌を培養できなかった。anammoxに関する解説を読んだ記憶があり、興味をそそられたが、すぐに手を出せるような状況ではなかった。ところが、90年代末に、古川憲治先生(熊本大学教授)がanammox菌の集積培養に日本で初めて成功し、先生から、anammoxの研究を、まさにグッドタイミングで、勧められたのがこの研究に入った契機であった。
anammoxの発見時から窒素含有廃水の処理の革新が期待された。熊大でのanammox菌の集積培養成功によって、廃水処理へのanammoxの適用をめざした日本の研究、開発が始まった。自分は、酸化還元酵素を長く取り扱っていたこともあり、競合者も少なかった生化学的側面からanammoxを攻略することにした。一方で、anammox菌は単離できない細菌で混合微生物系の汚泥状態でしか機能しない。純化できなければ、生化学の研究の対象にはならない不安もあった。ところが、扱ったリアクターの汚泥はanammox菌KSU-1株が60%程の割合で優占していた。メタゲノム解析や遺伝子による菌叢解析などの分子生物学的技術の進歩もあり、純化細菌と同じように、汚泥からタンパク質を精製できた。さらに、精製タンパク質の反応解析、結晶化、構造解析も通常の方法が適用できた。言ってみれば、私の研究履歴とanammoxは相性が良く、こちらのアプローチに応えて、相手が微笑みを返してくれたようなものであった。
研究を進めていくと、エネルギー代謝系のほとんどの酵素や電子伝達のタンパク質に多種類のc型ヘムタンパク質が関与していると考えられ、事実、多種類のヘムタンパク質が発現していた。なかには、データベースのタンパク質と相同性がなく、未知なヘムタンパク質も複数ある。どこに導くのかわからない、未知のものの持つ魅力が益々私達を引きつける。一方で、過去の知識がほとんど参考にならない。相手を理解し、全貌を自分のものにすることの難しさ。本質を掴みかけるが、自分の掌からするりと逃げてしまうもどかしさ。解決策を求めてもがき苦しむ日々を過ごしている。ゴールはまだ見えない。
私の拙い「未完成の」anammox研究の経験を書いてしまったが、冒頭に書かなかった一番大切なことがある。それは、自然や研究対象に対する感性(センス)である。自分の感性に共鳴しないような相手には好意をもてないだろうし、どだい感じるもののない対象に興味など湧くはずもない。年を重ねる程に総じて鈍感になってくる。これは、次々生じるさまざまな事柄に必要以上に動揺しなくなり、冷静に対処できる良い点もある。しかし、若い時は多感で一見些細なことと思えるものにさえ感動できる特権がある。研究者や技術者をめざす人、これから未来を切り開かれる人、若い間に是非感性を磨いて欲しい。そうすれば、日々の研究、実験の中で感動する場面に多く出会うことができ、ひいては大きなチャンスに巡り会えるに違いない。
著者紹介 崇城大学生物生命学部(学部長)