【随縁随意】ヒトの遺伝子を解析して感じたこと – 高木 敦子
生物工学会誌 第92巻 第5号
高木 敦子
本稿では、「ヒトの遺伝子の解析」の倫理に関わる手続について書くことで、ヒト遺伝子解析はDNA配列決定と変異の機能解析だけではないことを、自分の経験から述べたいと思います。
循環器疾患は日本人の死因の第2位であり、独立行政法人国立循環器病研究センター(国循)においても、その克服のための努力が続けられています。高トリグリセリド血症も循環器疾患である心疾患の危険因子の一つであり、この病因の解明や予防、治療は、心疾患の危険因子を減らすことにもなります。私は、本症の病因を調べるため、血清中のトリグリセリド代謝に関わる酵素であるリポタンパクリパーゼ(LPL)と肝性トリグリセリドリパーゼの活性測定系、タンパク質測定系を開発し、これら酵素で異常値を示す患者様の遺伝子解析を行ってきました。こういった経緯で、施設内部以外に、日本国内の他の病院などからも、高トリグリセリド血症者の遺伝子解析の依頼を受ける事もあります。
施設内外に拘らず、ヒト遺伝子解析研究では、2001年4月以降、行政指針の『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』(2013年2月全部改正)に基づいて、倫理審査申請書を作成し、倫理委員会で倫理審査を受けます。倫理審査申請書は研究計画書、説明文書、遺伝子解析の解説文書、同意文書、試料などの取扱い(破棄・変更)依頼書などから成ります。研究計画書には、研究計画概要、研究協力の任意性および撤回の自由、問題発生時の対応、予測される危険性、被験者の利益および不利益、費用負担に関する事項、知的所有権に関する事項、倫理的配慮、試料などの種類・量・保存の有無および保存場所、インフォームド・コンセントのための方法、個人情報保護の方法、遺伝情報の開示に関する考え方、遺伝カウンセリングの体制などが記載されます。
他施設からの依頼の場合には、指針に沿うように、国循では次のような手続きをとっています。まず、他施設の主治医が、その施設での倫理委員会での審査を申請し、承認を受け、それら申請書と承認書のコピーが当方に送られます。私は、「脂質代謝異常を示す患者および家族の遺伝子解析:他施設からの検体を用いる研究計画」の課題名で、国循の倫理委員会からの承認を得ていますが、新たな施設からの依頼ごとに、施設追加の変更申請を行っています。このとき、追加施設を書き入れた新たな研究計画書、他施設からの申請書と承認書のコピーおよびその施設の個人情報保護方針を提出し、変更申請をします。施設追加のような軽微な研究計画の変更の場合には迅速審査が適用され、倫理委員会でのプレゼンは省略されますが、新規申請や軽微でない変更の場合には、迅速審査が適用されず、委員会でのプレゼンも行います。迅速審査を行っても良いか、また、申請書に不備はないかなどに関し、倫理委員会の前に予備調査もなされます。承認後、依頼施設の主治医に連絡し、同意書(個人情報を黒く塗りつぶし、匿名化番号を記載したもの)とともに検体(血液)を郵送いただき、晴れて、解析を行うことが可能となります。毎年、実施状況の報告も倫理委員会に提出します。このような倫理申請を行うためには、臨床研究に関する倫理研修の受講が必須で、国循でも、年に数度、倫理研修が開催されます。倫理研修は、2010年設置の研究倫理研究室を前身とする医学倫理研究室(2013年~)の室長、室員の先生が担当されています。また、本研究室では、倫理コンサルテーションも受ける事ができ、私も、昨年度は3回相談させていただきました。
ところで、1990年代前半頃まで、上記のような指針は施行されていなかったとは言え、疾患遺伝子の原因変異部位が決まった場合、たとえば、LPL遺伝子の原因変異部位に、「Cys239→stop/TGC972 →TGA;LPL○○○(○の所に患者様の住所の都市名を入れる)」といった標記が論文にも見られました。私自身も、この頃の論文では、同様の記載をしていました。しかし、今にしてみれば、これは患者様など被験者に配慮した対応とは思えません。被験者の立場に立って考えることができていなかったと感じます。もちろん、被験者の立場に立って考えているつもりでも、自分の経験不足、知識不足などから、倫理にかなっていないことをする可能性があります。このようなことを回避するために倫理研修を受け、また、医師、研究者以外の立場の方も含まれている倫理審査委員会での審査を受ける事が必要ですが、臨床研究において、第一歩は「被験者の立場を意識する」ではないかと思います。
以前、研究費の審査に関わったときに、研究計画調書にヒト由来検体を使用すると書かれているのに、その検体を使用することの倫理的配慮に関しての記載のないものを何度か見ました。今回、自分のわずかな経験を踏まえ、「被験者の立場を意識する」重要性を紹介させていただきました。
著者紹介 (独)国立循環器病研究センター研究所分子薬理部(室長)