【随縁随意】産学官連携と技術者視点 – 下田 雅彦
生物工学会誌 第91巻 第12号
下田 雅彦
産学官連携が、我が国の科学技術振興や地域活性化の一翼を担う重要施策と位置づけられて久しい。筆者は、九州地域の伝統醸造産業である本格焼酎製造現場でさまざまな技術課題に関わってきた。その経験を踏まえて、産学官連携における技術者視点の重要性について述べてみたい。
大分県の麦焼酎は、1970年代にろ過・精製技術の進歩や減圧蒸留機の普及に加えて、麹原料も大麦を使用し、麦麹・麦掛け仕込み(麦100%)を特徴として商品化された。その後、1980年代の第1次焼酎ブームの追い風に乗り、生産量が飛躍的に伸長したが、製造技術確立の為の研究は緒についたばかりであった。「麦焼酎に適した大麦の新品種開発」は、1企業の取組みでは不可能なテーマで、農林水産省九州農業試験場(現農研機構九州沖縄農業研究センター)、大分県農業技術センター(現大分県農林水産研究指導センター)、大分県酒造組合などを中心とした産(学)官連携の課題として1994年にスタートした。1998年には、新品種「ニシノホシ」が全国で初めて麦焼酎に適した麦として大分県の奨励品種に登録された。その後、2001年に麦焼酎「西の星」が弊社より発売され、以来、地元で焼酎原料麦として毎年1000トン以上生産されている。
この取組みは、地産地消の先端的成功事例の一つとして高く評価された。産・学・官は言うまでもなく3者が異なる「場」と「目的」を持っている。大学は「研究ニーズと技術シーズを深堀する場で、科学技術進歩への貢献と研究成果の技術移転が目的」である。産業界(企業)は「技術開発と商品化による市場競争の場であり、事業展開による企業経営が目的」となる。さらに、行政は「制度・行政による社会支援の場であり、地域振興・産業経済の活性化が目的の一つ」である。異なる「場・目的」の発想からの連携論議では、表面上の形を整えても技術シーズ移転・技術開発・商品開発・製品化はうまくつながりにくいと感じている。
その理由は、先の事例でいえば製品化までの過程で、二つのハードルがあり、そのハードル越えは「場・目的」の連携ではなく、別の捉え方である「機能・人」の連携によって成し得るからである。すなわち、第1のハードルは、「基礎研究・応用研究を担う科学者・研究者」から「技術開発・実用化を担う技術者」への連携である。そして、第2のハードルは、「技術開発・実用化を担う技術者」から「成果の普及・製品化を担う行政・経営者」への連携である。この二つのハードルはベンチャー起業における魔の川、死の谷のハードルと同様と捉えても差し支えない。その成否の鍵を握るのは中心となる次のような人材の連携と考えている。
すなわち、1)「技術者視点を持った科学者・研究者」から2)「経営者視点を持った技術者」へ、さらに、2)「経営者視点を持った技術者」から3)「技術開発に理解のある経営者・行政」への連携である。これは、麦焼酎用の大麦品種の概念が存在しなかった段階で、試験系統の麦を研究開発用に準備していただいた研究者から、求める品種特性を設定し選別する行政・企業の技術者への連携、さらに、新品種麦の栽培普及と企業への産業利用の働きかけを担う行政、商品化を弊社経営層が決断したことで実現した連携を考えると理解しやすい。
ここで、人材について2)「経営者視点を持った技術者」、3)「技術開発に理解のある経営者・行政」は理解を得られやすいが、1)「技術者視点を持った科学者・研究者」については少し補足説明したい。筆者は以前、「JABEEと企業」という拙文を本誌に寄稿する機会を得たことがある1)。その頃から、技術者教育に関心を抱いていたが、日本技術者教育認定基準にある学習・教育目標の多くは、たとえば「種々の科学・技術・情報を利用して社会の要求を解決するためのデザイン能力」など、産学官連携を推進する人材に必要な素養や能力に合致する。その意味で、技術者視点を持った科学者・研究者の存在は重要である。
最後に、麦焼酎の製造技術に関わる30年近い取組みの中で、弊社では7名が博士号を取得し、今年ようやく技術士(生物工学部門)が1名誕生した。多くが産学官連携の成果であり、ご縁をいただいた大学や公設研究機関の先生方に深謝申し上げる次第である。
1) 下田雅彦:生物工学、82, 331 (2004).
著者紹介 三和酒類株式会社(専務取締役)