【随縁随意】国公立大学における教育研究費に想う – 林 英雄
生物工学会誌 第91巻 第10号
林 英雄
今では死語に近い「学園紛争」の時から45年間を過ごした大学における教育研究活動を終え、私は3月末に定年退職した。学園紛争におけるスローガンの一つが「産学連携反対」であったように記憶している。今では想像もできない時代であった。本稿では大学、特に国公立大学における教育研究に関して気になる点を記載したいと思う。
私は興味の赴くままに研究室の教員と共同研究を行ってきた。その一例としてアーバスキュラー菌根菌(AM菌根菌)と植物の共生に関する研究を取り上げてみたい。研究室を主宰することになった1996年に、新たに採用した助手と新しい研究課題「菌根共生」に取り組むことにした。4.6億年前に始まった菌根共生は80%以上の陸上植物に見られる普遍的な現象であり、共生がどのようにして起こるかは興味深い課題であった。しかしながらAM菌根菌が絶対共生菌であるためその取り扱いが難しいこともあり、当時天然物化学の研究対象ではなかった。AM菌根菌の取扱いに習熟した後、宿主認識シグナル物質の同定を目指した結果、2005年にシグナル物質がストリゴラクトン(SL)であることを世界に先駆けて明らかにした1)。SLは根寄生雑草の種子発芽刺激因子として知られている物質群であった。後にSLが植物の枝分かれを制御していることが明らかにされ、これらの研究成果が認められ、2012年にトムソンロイター社から第3回リサーチフロントアワードを4名の研究者とともに受賞した。研究成果が得られるにつれて研究費は得やすくなったものの研究開始当時は当然ながら乏しい研究費であった。
大学教員の研究費は科研費に多くを依存している。2012年度学校基本調査報告書によると国立大学および公立大学、私立大学の本務教員数はそれぞれ62,825名および12,876名、101,869名である。また、文科省資料によると2013度における新規採択と継続分を合わせた科研費の採択件数は国立大学および公立大学、私立大学それぞれ39,101件および5207件、18,002件である。2013年度の教員数も2012年度と同じであると仮定して、重複して採択されている教員あるいは研究分担者として科研費の配分を受けている教員を考慮に入れると国立大学では6割、公立大学では4割程の教員が科研費の補助を受けているのではないかと想像される。また、1課題あたりの配分額の平均は222万円余りである。分野別の採択件数が生物系49.2%、理工系28.3%、人文・社会系19.0%であるのに対し、配分額は生物系47.9%、理工系36.3%、人文・社会系12.4%であるから、理工系は平均額以上の配分を受けているものと思われる。ここで私が特に注目したい点はかなり多くの教員が科研費の配分を受けていない点である。
校費として配分される基盤的教育研究費減少し、社会貢献として産官学連携を促進することによる
外部資金を獲得することが教員に求められている。さらに、教員は科研費以外の競争的資金の獲得を目指さなければならない。このような研究費を目指すためには自ら研究テーマを研究費獲得に有利なものにせざるを得ない。本来、いつ社会のために役立つかは不明であっても、未知の現象を明らかにする研究が大学においてのみ可能な研究活動ではなかっただろうか。研究費獲得のためとはいえ、研究テーマの設定が影響される事態は憂慮すべきものと考える。
現在、種々の巨大プロジェクトが動いている。これらにも参画していない多くの教員は乏しい教育研究費で日々の活動をしており、彼らの研究室で活動している学生諸君もまた劣悪な環境に置かれていることが容易に想像される。前述の報告書によると2012年度の在籍学部生数は国立大学618,134名、公立大学145,578名、私立大学2,112,422名である。また、大学院の修士課程および博士課程に在籍する学生数は全体でそれぞれ74,985名および15,557名である。何割の学生が充分な経費を用いて研究実験をしているのであろうか。
社会で役立つ課題解決能力を習得するための教育研究を充実させるとともに、教員および学生にとって大学における最低限度の教育研究を行うことができる基盤的教育研究費の整備が強く望まれる。なぜなら、このことが日本の活力を下支えすることにつながるものと思うからである。
1) Akiyama, K. et al.: Nature, 435, 824 (2005).
著者紹介 大阪府立大学名誉教授 兼 (株)ファーマフーズ技術顧問