生物工学会誌 第91巻 第5号
木田 建次

諸先輩の教えに従い、依頼があればほとんどお引き受けしてきました。しかし今回の執筆にあたり文才もなく浅学の私は、ご依頼を受けるべきではなかったと反省しつつ、中国での現状と日常生活も含め記載させていただきました。東アジアでの共同研究の有り様の一助になればと思っております。

私は、1997年に学部間交流協定が締結された後、客員教授として四川大学(以後、川大と呼ぶ)を年1~3回訪問してきました。2011年5月に学部間覚書(熊大、研究室のバイオマス関連の機器の移設;川大、移設費と研究室の提供)の形で両大学の共同ラボを川大に設立することになりました。私は、長年の積み重ねと成都には4人の卒業生(会社会長1名、川大教授2名、企業研究者1名)が居りますので、定年後の2012年4月から川大建築与環境学院に赴任いたしました。環境学院の5階研究室(450 m2)はほぼ立ち上げることができ、研究も少しずつ始めています。現在、ベンチスケールで実証試験などを行うために、中規模実験棟(床面積1580 m2 うち約650 m2)に機器を設置し、その立ち上げに熊大中国人ドクター2人(うち1人、現、川大ポスドク)を含む学生さん達と一緒に頑張っております。当初、なぜ大学で実証試験が必要かと思ったのですが、中国では大学でもベンチかパイロット規模での実証試験を行わないと信用されないことがわかり納得したわけです。

さて日常生活ですが、自宅は望江校区の傍の川大職員住宅に住んでおり、130 m2と広くとても近代的に作られています。朝食は自宅で、昼食は学食で、夕食は自宅近くの食堂でとり、時々肩こり解消のためにマッサージに行きます。自宅から大学のシャトルバスで約40分かけて共同ラボのある江安キャンパスに通っており、構内が広くお陰で毎日1万歩程度歩いています。正月は成都に滞在する学生さん達がわが家に集まり、手作りの本場四川料理を味わいながら団欒しました。

共同ラボの正式名称は『環境生物技術中心』で、私の夢はバイオテクノロジーを駆使して四川省に賦存するバイオマスからのエネルギー創出、環境対策および環境調和型プロセスの研究開発を行い、資源循環型まちづくりを目指していくことです。最大の懸案事項は、人口の70%を占める農村部において環境調和型新農村を造ることです。具体的には昨年5月に川大のホームページに掲載されましたように、金堂県(成都市東北部人口84万人)と共同して新農村をつくることでした。このプロジェクトが前に進めば私の夢も一歩前進かと思っていたのですが、それにはまだまだ時間が必要と判明しました。なお、中国の行政区分は{省>市>県>鎮}の順になっています。

新農村に関して四川省環境保護庁の処長と懇談した後、別の県を視察しました。洪雅県(四川省眉山市人口35万人)の主たる産業は材木、お茶そして酪農(牛乳の生産だけ)です。成都市民(1000万人強)が飲む牛乳は、すべて洪雅県で製造されており、現在、飼育頭数は40,000頭にものぼり、その家畜糞尿による環境汚染が大きな問題となっています。洪雅県環境保護局から、川大の『環境生物技術中心』と共同して酪農地域で家畜糞尿のメタン発酵とコンポスト化を行い、さらに有機栽培した農産物を成都市に循環していく環境調和型農村造りを行おうとの提案を受けました。当初、研究から始めるものと思っていたのですが、そうではなく四川省に申請し、200頭あるいは400頭の家畜糞尿を利活用するプラントを造り、さらに堆肥を用いて有機栽培を行っていくというものです。このモデル事業終了後、中国政府に申請し洪雅県の酪農地域すべてを環境調和型にしていくという壮大な計画です。四川省環境保護庁も支援しており、その行動力にはまったく驚かされております。

わが国ではプロジェクト申請時には新規性が要求されますが、常温・常圧反応のバイオプロセス開発にはほとんど新規性はない、また新規性の多いプロセスほど実用化されにくいものと、私自身思っています。外部資金を獲得するために新規性を出そうとする傾向は、優れた技術を有していても産業化で後塵を廃する結果を招いているように思います。今後は文科省以外のプロジェクトでは実用化開発に予算を投入し、その実績を携えて中国や韓国と歩調を合わせ、よい意味での開発競争に打ち勝っていくことが、健全な国際協力につながっていくものと思う次第です。(2013.1.6投稿)


著者紹介 四川大学(教授)、熊本大学名誉教授

 

►生物工学会誌 –『巻頭言』一覧