【随縁随意】実中研の歴史と未来 – 野村 龍太
生物工学会誌 第91巻 第4号
野村 龍太
公益財団法人実験動物中央研究所(実中研)は60年の歴史を持った民間の公益法人の医学研究所です。医療技術・医薬品の開発には医療の現場のニーズから考えた最善の動物実験システムの開発が必要です。そのために実中研は、最適な動物実験システムを実現するための最良な実験動物作出システムを構築し、世界で他にない最先端の実験動物を開発、さらに実用化することによって最終的に人類の健康に貢献することを目的として活動しています。
創立者の野村達次は、当時の実験動物の低品質が医学研究の成果に影響しては医学の発展がないと考え、恩師安東洪次教授と実中研を設立しました。実中研の歴史の2/3に近い40年はこの再現性のある実験動物作りの技術と供給システム確立に注力しました。その結果、現在の技術が確立され、世界中で使用される実験動物やシステムが生み出されました。
これらの技術を使い、実中研では安全性試験分野での世界標準を作るべく努力しています。我々は、日本のみならず、世界中の行政当局と連携して長い時間をかけて、世界に認められる仕事をしてきました。
たとえば、ポリオの生ワクチンの神経毒力の検定に使われている遺伝子改変Tg-PVR21マウスは、都立臨床研におられた野本明男教授が作られたマウスをポリオ研と実用化を目指し、その後、実中研で大量生産技術が確立されたものです。さらに、このマウス30、000匹を米国FDAに無償で供給して、従来使われていたサルとの比較試験によってその優位性を実証することができ、最終的にWHOのポリオ撲滅世界プログラムの正式検定動物に認定されました。欧州の局方ではこのマウスを使った試験法が収載され、現在では世界の主だったポリオワクチンメーカーへ供給されるようになり、アジア・アフリカを含め世界中の子供たちの命を救うことに貢献できるようになりました。ここに至るまでに25年以上かかりましたが、これこそ実中研の仕事だと考えています。
このほか、新規医薬品開発時に使用される短期がん原性試験用の遺伝子改変マウスTg-rasH2マウスも国立医薬品食品衛生研究所などと開発し、FDAなどの規制当局と60社近い製薬企業が米国の公的機関ILSI・HESIの主導のもと20年以上の検証によって、漸く世界標準になりつつあります。これを使うとがん原性試験を2年から6カ月に短縮でき、世界の医薬品や医療機器を開発する企業に大きく貢献しています。
実中研のもう一つの仕事は、世界最先端の実験動物を生み出し、動物実験システムを構築して、医薬品の開発や新たな医療技術の開発を大学・研究機関・製薬企業などと共同で行うことです。その代表的な動物が超免疫不全マウスのNOGマウスです。この動物を使った研究から新たな抗体医薬やエイズ薬などの薬が開発されていますが、さらにこのNOGマウスを改良したヒトの臓器をマウスの体内に持つ、ヒト化マウスを利用することにより、医薬品の代謝や毒性試験がヒトの環境でできるようになってきました。これにより、動物実験がよりヒトの安全性を見ることができるシステムに近づいたと言えます。
また、実中研では世界で初めての小型霊長類の一つであるコモンマーモセットの遺伝子改変の作出に成功しており、現在は、パーキンソン病やアルツハイマー病の病態モデルを作出すべく尽力中です。
2012年には山中教授がiPS細胞でノーベル賞を受賞されました。インタビューでは実用化に向けて安全性の証明が何より重要と話しておられましたが、実際に安全性の検証では、いくつものプロジェクトでNOGマウスが使われています。現在では、国立医薬品食品衛生研究所と、世界の標準試験法の確立に向けて共同研究を開始しています。一方で脊髄損傷の治療や心筋を再生させる技術の開発・実用化の研究がマーモセットを使って行われています。このように実中研の最先端実験動物は、iPS細胞を使った技術の実用化やその他の幹細胞を利用した再生医療など、医薬品開発における新たなシステムとして世界中で使われてきています。
実中研は2011年7月に川崎市の殿町地区に移転しました。その後、この地域が国際戦略総合特区に認定され、新たな技術を世界に発信していくライフサイエンス拠点に位置することになりました。世界の人々が殿町に来て研究がしたい、技術を習いたいと思う研究所になっていくことを目指してこれからも頑張っていきたいと思います。
国際戦略総合特区に魂を入れていくことこそ我々の役割だと考えます。
著者紹介 公益財団実験動物中央研究所(理事長)