生物工学会誌 第90巻 第9号
杉山 政則

我が国では「食品」による健康維持や疾病予防への関心がかなり高く、2011年3月の東日本大震災が発端となった放射性物質による汚染問題もあって、安心で安全な食品や保健機能性食品を求める意識が強くなっている。一方、世界最長寿国である日本の医療費は増加し続けており、予防・未病医療への機能性食品の活用を通じて医療費を抑制しようとする動きもある。

第2次小泉内閣当時に提出された中央教育審議会の答申、「我が国の高等教育の将来像」は、大学のめざす方向に大きな変化を与えることとなった。その背景としては、大学が地域の要望に耳を傾け、地域と連携し、得られた成果を大学自身の教育研究活動に活かそうとする考えを持たない限り、社会から遊離してしまうとの危機感を持ったからであろう。そのため、この答申では、「教育と研究」に加えて,「社会貢献」を大学の第三の使命とした。

文部科学省は、関連する施策として「知的クラスター創成事業」を立ち上げ、産学官連携で地域産業を活性化するためのプロジェクト研究を公募した。広島県が提案した「広島バイオクラスター」計画は2002年に採択され、植物乳酸菌の基礎研究とその有効利用技術の開発をめざした「杉山プロジェクト」は2003年からスタートし、2007年3月まで実施された。

本プロジェクトにおいて、「酒粕中に植物乳酸菌増殖促進因子を見いだした」ことがきっかけとなり、植物乳酸菌の保健機能性と醗酵技術を活用して10種類程度の機能性食品が商品化された。この実績を踏まえ、さらに、2008年4月から2011年3月まで文部科学省・都市エリア産学官連携促進事業(発展型)・杉山プロジェクトが推進された。そこでは、600株を超える新規植物乳酸菌の探索分離と、有用植物乳酸菌の機能解析およびその活用による保健機能性製品の開発に加え、我が国の醸造産業に不可欠な「麹菌」が持つ新たな生物機能の発見などを通じ、生活習慣病の予防改善をターゲットとした保健機能性製品を創出するための技術開発を目標とした。すでに広島大学を出願人として複数の特許を申請し、そのうちの幾つかに関して特許を取得している。

一方、杉山プロジェクト参加企業との産学連携製品の販売に係るアライアンス戦略として、大学と企業との産学連携製品であることを示すとともに、それを販売に生かす方策として、『BioUniv.(ビオ・ユニブ)』ブランドとロゴマークを定め、広島大学が出願人となって、そのロゴマークを商標登録した。これを踏まえ、都市エリア事業のミッションの1つとして創立した大学発ベンチャー『(株)植物乳酸菌研究所』では、植物乳酸菌の有効利用技術の開発に加えて、杉山プロジェクトの研究成果から生み出された特許やノウハウ技術の実施許諾、およびBioUniv.ブランドの使用権許諾および管理などを業務内容としている。

初代の代表取締役社長には、広島の製パン会社の元専務取締役を迎え、プロジェクトの研究代表者である著者は、代表権を持つ研究開発担当の取締役に就任した。現在は、マツダ株式会社の元副社長で、広島バイオクラスターの事業総括を務めた高橋昭八郎氏を二代目代表取締役社長として迎え、海外展開を含めた事業化を戦略的に進めている。さらに、食品の保健機能性を臨床評価するための『臨床評価・予防医学プロジェクト研究センター』を大学院医歯薬保健学総合研究科内に設置し、今や3500名を超えるボランティアと広島大学病院の医師の協力のもと、食品のヒト臨床試験を受託している。

放線菌の分子生物学的な研究は、40年近く進めてきた筆者のライフワークとして、新たなパラダイムの創出をめざしている。一方、植物乳酸菌と麹菌の生物機能開発は、事業化に直結した研究であり、酒どころ広島の醸造・食品産業の活性化にも結びつけられるので、きわめて意義深いものと感じている。最近、韓国、シンガポール、タイ、台湾、米国などの企業からも、植物乳酸菌の保健機能性に興味を持っているとの連絡を受け、広島大学社会連携推進機構の協力の下、その具体化に向けた施策を練っている.筆者自身、教育研究活動はもちろんのこと、大学の第三の使命を果たすためにも、新たなバラダイムの創出と研究成果の社会への還元を努力目標として、微生物の特異的機能の解明と有用微生物の活用技術の開発をバランスよく進めていこうと思う。

なお、植物乳酸菌に関する研究で、平成20年度の科学技術賞(文部科学大臣表彰)と栄養科学分野の国際論文賞(第14回John M. Kinney賞:2012年)を受賞した。

 

著者紹介 広島大学大学院医歯薬保健学研究院(薬学部長・教授)

 

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