生物工学会誌 第90巻 第8号
牧野 圭祐

昨年は東日本における大震災、大津波、原子力発電所事故等々で深刻な被災が発生しました。被災された方々には一刻も早い復興を心からお祈りするばかりでありますが、最近では温暖化による影響も深刻さを増し、たとえばゲリラ豪雨や突然の竜巻による大規模な被害が報道されており、人類の生活環境の変化がもたらした自然災害による深刻な事態はいつも気になるところです。研究者としては3年余り前に定年を迎えましたが、持っております知識が何か社会に役立つことができればと心から思っております。

今の仕事は京都大学における産学連携事業の遂行です。ここでは、この事業を司る「産官学連携本部」の内容について紹介します。本学では、2001年、他大学に遅れながら当該本部前身の国際融合創造センターが誕生しました。「事業の基礎は組織なり」の鉄則に従い、今日の組織に至るまでに数回の脱皮を繰り返し、走りながら考えてきました。準備周到に我が国の産学連携活動のお手本を作られた諸先輩大学とは異なる点です。本学は、古くは産学連携の苦手なあるいは嫌いな大学として誤解されがちでしたが、この10年でずいぶん様変わりし、今では立派に先頭グループの一員になったと思いますので、我々の産学連携の最近の動向やこれからの計画を紹介することにします。

いうまでもなく、産学連携事業は、教育・研究に次ぐ大学第三番目のミッションである「社会貢献」の主な事業の一つとして、多様な分野における研究成果をもって社会に貢献することを目的としており、同時に活動が教育・研究に相乗効果をもたらすことが肝要であります。大学が研究結果によってビジネスを行うことは論外であり、産官学連携本部の業務は大学の研究成果を広く社会で活用していただくための橋渡しであろうと考えております。10年余の試行錯誤の中で得た結論として、産学連携事業は、基本特許の開発・育成・ライセンス契約あるいは譲渡・ベンチャー起業と育成、そして産業界との共同研究の推進、の二つに絞られる、と考えます。

前者に関しては、昨年度知財ライセンス収入などが250万ドルを超え、米国の優秀な大学の収入と比較できる額に達したことが特筆すべきことかと思いますが、今後の努力目標としては、当然のことですが、本学発の基本特許によるベンチャー起業・育成があげられます。この点は他の国々に比べて我が国のもっとも苦手とする課題ですが、これに関しては国際連携ネットワークの活用がもっとも効果的な手段であると考え、試行錯誤して案を練り実行に移そうとしております。またこれにも増して重要なことは、ベンチャー起業に興味をもつ若い世代を育てることと特に我が国には少ないentrepreneur(事業家)の投資への興味を引き起こすことであると考え、ここ数年地道に教育システムの充実に努めてきました。数年前には数名の学生しかいなかった起業に関する授業が今や500名余の受講生を抱えるようになり、学生諸君の就職に対する意識改革が進んできたと考えています。加えて色々な試みを行っておりますが、詳しくはまたの機会に紹介したいと思います。

後者に関しては、私どもがこの4年の間に全力を挙げて注力してきた国際連携ネットワーク作りが功を奏し始めたのでしょうか、国内の企業に加えて欧米の大企業からの大型プロジェクトに関するアプローチが急増してきたことが特徴かと思います。中国や韓国に目を奪われていた欧米が我が国の大学の技術開発力に再度注目し始めており、このような新しいトレンドが生まれつつあるのでしょう。彼らと話をする中で、「グローバリゼーション」と「オープンイノベーション」が急速に進展していると実感しております。

日本企業の強みであった基礎・応用研究の一体化した開発力に急速な陰りが見え、団塊の世代に続く企業人の自力での開発力の低下が目立つ昨今、大学の持つ基礎研究力の応用は今後の国家存亡のカギを握っており、大学の第三のミッションを現実のものとすることこそ社会への最大の貢献であるかと思っております。


著者紹介 京都大学産官学連携本部(本部長)

 

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