【随縁随意】若者よ、Hazardous Journeyを目指せ!- 今中 忠行
生物工学会誌 第89巻 第8号
今中 忠行
昔から「かわいい子には旅をさせよ」という言葉があります。「ライオンは子供を千仞の谷に突き落とす」とも言われます。いずれも子供をぬくぬくと甘やかせて育てるのは良くないということでしょう。最近、草食系男子という言葉も耳にします。大学でも海外留学を希望する人が減少していますし、企業でも海外赴任を嫌がる人が増えていると聞いています。
2010年のノーベル化学賞を受賞されたアメリカ・パデュー大学特別教授の根岸英一先生が、記者会見で「日本は居心地のいい社会でしょうが、若者よ、海外に出よと言いたい」と言われました。アメリカの経済界ではよく「comfort zoneを越えよ!」とも言われています。安心できる慣れ親しんだ場所や既知の分野を離れ、新しい分野、未知の世界に向けて挑戦することを勧める言葉です。
私は昭和44年に大学院を修了してから約40年間にわたり微生物学に関する研究を続けてきました。研究内容も生物化学工学、分子生物学、生化学、応用微生物学、環境バイオテクノロジーと変遷しましたし、場所も大阪大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、京都大学、立命館大学と移りました。アメリカ留学時には、良く働くポスドクは日本人と台湾人だと言われていましたが、今では中国人と韓国人ということになっています。やはり日本人も豊かになるとその環境に安住し、新しい冒険に飛び出すのが億劫になっているのかもしれません。
講義でも、若い学生に「旅に出なさい。できれば一人旅がいいです」とけしかけています。旅に出るときは少し不安でも、いろいろな人や自然と接するうちに新しい発見に出会うことが多いのです。
MEN WANTED for Hazardous Journey.
Small wages, bitter cold, long months of complete darkness, constant danger, safe return doubtful.
Honour and recognition in case of success.
Ernest Shackleton
これはシャックルトンが1900年にロンドンの新聞に出した南極探検隊募集広告の全文です。すごいことに、応募が殺到したと言われています。
私は2004年11月から2005年3月にかけて第46次南極地域観測隊の一員として南極に行きました。露岸地域でテントを張り、真っ白い氷の世界を眺めながら、隊員と交流し、多くの試料を採取してきました(写真)。
そこからは興味ある特殊な微生物も多く発見できましたが、それ以外にもオーロラを見たり、ペンギンの栄巣地に行くなど非日常の経験をすることができました。それがどのようにその後の生活に役立ったかは分かりませんが、充実感があったことは事実です。日本生物工学会の中には若い(と思っている)人たちが多いと思いますので、このような話題を提供した次第です。
著者紹介 立命館大学生命科学部 今中 忠行