生物工学会誌 第89巻 第5号
石崎 文彬

随縁随意の執筆依頼を受けて大分時間がたった。何をテーマに書いたらよいか思いまどっているからである。前に巻頭言の依頼を受けて、どうしてもしゃべりたいことがあってそれを話題にしたところ、編集委員会で論議となり、編集委員長にご迷惑をかけたことがあった(生物工学82(9), 2004 巻頭言)。そのような経験があって、今回は一体何を話題にしようかとたいへん迷ったのである。

しかし、マレーシアからの一通の電子メールによって私の心は決まった。その電子メールは私の親友で、長年家族ぐるみのつきあいのあるマレーシア国立サラワク大(UNIMAS)のProf. Kopliからであった。

そのメールによれば、私が彼とともに、マレーシア政府科学技術振興省(MOSTI)の助成金を得て始めたサゴヤシを原料にするバイオエタノール生産のパイロットプラントがいよいよ完工の運びとなり、間もなく完工式を行う見込みとなったという。思えばやっとここまでこぎ着けることができたかと感無量の思いである。

私がサゴヤシの大きな可能性にひかれてこの資源を新しい循環型炭素資源として開発しようとしたのは、民間企業から九州大学に転じた直後の1980年代末であった。以来本学会とも関係の深い大阪大学国際交流センターを拠点とする東南アジアとの国際共同研究(JSPS program)やNEDO国際共同研究を通じてKopliさんとの共同研究を行ってきた。九州大学を定年退官後もこの魅力的な新資源の開発を中途半端にやめる気にならず、新世紀発酵研究所という個人研究開発会社を設立してKopliさんと開発を継続した。

しかし、マレーシア政府のprojectを受注したものの、マレーシア側の運営のやり方は我が国の方法とは大きく異なり、とくにgrantの支払い時期はあてにはならず、工期は2年、3年後と遅れに遅れ、大学発ベンチャー企業とはいえ100%民間資本の零細企業では継続していくことは難しく、新世紀発酵研究所(後に株式会社ネクファーと改称)は資金が続かず閉鎖のやむなきに至ったのである。にも拘わらず、私のパートナーであるマレーシアの彼らは決してあきらめず、遅れに遅れながらも、当初の計画を修正しながら確実な継続を行い、近々世界最初のサゴヤシを原料にしたエタノールプラントが完成する見込みとなったのである。

近年、いわゆる発展途上諸国も成長し、我が国など先進国の援助の受け入れのあり方もずいぶん変わってきている。すなわち、多くの国が自分の力で事を進めようとして、過去のように先進国の援助にすべてを依存するなどということはなくなった。これは至極当然のことであるが、我が国はこの変化に十分対応できていないように思う。我々はこのような時代の変化に対応して、国際共同事業のあり方を見直さなければならない。

当学会では、JSPS programなどによってすでに30年以上にわったて東南アジア諸国との国際交流事業を行ってきている。これは、我が国にとって貴重な知的資源である。この知的資源を我が国の学術・経済の発展に使用しないことはない。しかしそのためには、相手の国との関わり方も常に相手の立場を考えて変えていかねばならないのである。これは、一言では言い得ない難しいことであり、たいへん英知のいる仕事である。

国際共同研究は経済的利益を生むことが目的ではないが、国益とはなにかを考えて現在実施中の共同研究の進め方を柔らかい発想で常に見直す必要があるのではないだろうか。


著者紹介 九州大学名誉教授

 

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