【随縁随意】健忘症に対するささやかな抵抗 – 谷口誠
生物工学会誌 第89巻 第4号
谷口 誠
皆さん、綾小路きみまろをご存知でしょうか。彼はテレビで中高年の視聴者に「何を忘れたかも忘れ……」と笑わせる。皆さんも思い当たるでしょう。私の場合は手の施しようがない。トイレの中では覚えていたのに、2階に上がりかけた所で何を探しに行くのかなぁ。それなら、とトイレに戻り、階段の下までを2度3度と繰り返すうちに諦めてしまう。メガネの紛失は厄介だ。私は近視の遠視の乱視なので、頼りは近くに住む8歳の孫、あっという間に探し出してくれる。年齢に言及したので、人間の記憶力について少し述べよう。大脳の記憶領域に存在する細胞数は赤ちゃんの頃から増えはじめ、ほぼ10歳で最大に達し、成人に達すれば少しずつ減っていく。つまり、アルツハイマーに似た状況に陥っているのである。健忘症の原因はその辺りにあると言えそうだ。
卑近な例で話を進めよう。元大阪大学の蛋白質研究所に在籍され、日本生化学会の会頭までされた脳生化学者の中川八郎先生をご存知の方も多いでしょう。私からの依頼で大阪市立大学大学院の集中講義に何度も来て頂いた。そんな腐れ縁もあり、私の地元岸和田のとある専修学校で先生の仕事を手伝っている。昨年6月~7月に週2回のペースである企画を実施した。
私の担当は整腸と美容に関わる講義と実験であった。もともと微生物屋なので、腸内には善玉菌や悪玉菌が棲みついていることは知っていた。私達の研究室の先輩からオリゴ糖の話を個人的に教わったことがある。小腸で分解吸収されずに大腸に達すると、微生物分解されてpHが下がるそうである。そうなればビフィズス菌などの乳酸菌の仲間が増え、中性付近を好むウエルシュ菌などの嫌気性菌が減るらしい。近くのスーパーで購入したオリゴ糖をヨーグルトの上から垂らして食べてみると便通効果はてきめんであった。
こんな話を広めたところ、異口同音に同じような返答があった。反響は充分であった。これで講義はできると思ったが、食物繊維が気がかりで、何で便に良いのかと考えた。答えはすぐ解った。食物繊維に多数含まれる水酸基と水分子の間の水素結合である。多量の水を抱えて重くなった食物繊維は排泄しやすくなるのであろう。私は若い女性30人から食物繊維で便秘解消との情報を得た。
まだ疑問があった。女性に便秘が多いという問題である。いろいろな女性に生理との関係を聞いたところ、あるパターンがあった。生理の直前は便秘気味、生理が始まると軟らかくなるらしい。書物やパソコンの情報で、女性ホルモンの一つプロゲステロンは血液中の水分含量を上昇させるとある。だったら後は簡単だ。つまり、大腸周辺の血管に大腸内の水が吸い取られ、便が固くなると推察した。便が固くなると同時に皮膚はむくみ、高温期にはプロゲステロンが増え、減少すると生理になる。生理が始まると下痢状態になる人も多いようだ。
残る問題は便秘と美容の関係である。本来排泄されるべき余計な物を体内に留めておけば皮膚に良くないのであろうと思ったが、なぜ肌荒れに結びつくのかは解らない。こんな身近でクサーイ内容の講義を終え、実験は私の十八番、納豆からポリグルタミン酸を抽出して、お肌つるつるを体感してもらった。中川先生から論文にしようや、と言われたが、私には難しい課題なので、本誌をお借りしている次第である。いずれにせよ、今や女性の便秘問題についてはかなり詳しく科学的に話ができるようになった。若い女性にセクハラではないのでと断りながら生理の最中の便について尋ねると、恥ずかしそうに百発百中の回答が得られる。
実は、昨年5月9日に岸和田のだんじり会館に中学校の仲間が集合し、近くの会場に移動してクラス会を開いている。6月5日は備前の同級生の家での小学校のミニ同窓会に参加している。確かではないが、前者の際には食物繊維のことを、後者ではプロゲステロンのことを考えついたのであろう。そもそもさように、私の頭にいろいろな発想が思い浮かぶ時には、常に子供の頃の思い出が関係しているようだ。
皆さん、昔から回想法と言われる手法で少しでもボケを防止しましょう。その一つとして小・中・高校の同窓会に出席しましょう。新しい着想が生まれるのは、そんな時かもしれませんよ。
著者紹介 美作大学大学院(教授)、大阪市立大学名誉教授