生物工学会誌 第89巻 第3号
兒玉 徹

“バイオマス”なる言葉は、今でこそ当たり前のように新聞紙上にもしばしば現われるようになったが、筆者が第17期日本学術会議第6部・生物工学研連の会員に選出された約13年前は、関連する話の前には必ず「生態学で用いられる用語で…」という注釈を付けるのが常であった。その第17期の期間中を通じて、京都大学教授(当時)の上野民夫先生ほか第6部会員数名とともに、石油資源漬けの文明に警鐘を鳴らすための報告作りを進め、次世代以降に化石資源という人類共有の財産を遺すために現在われわれがなすべきこととして、バイオマスの有効利用を最有力候補に挙げたのである。

この検討結果は、第17期終了間際の2000年7月に日本学術会議第6部会報告として、当時の森内閣に向けて「生物資源とポスト石油時代の産業科学 -生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成を目指して-」と題して発表された。ほどなく政権は小泉内閣に代わったが、この報告の内容は2002年12月に同内閣によって閣議決定された「バイオマス・ニッポン総合戦略」の立案に影響を与えたと考えている。「バイオマス・ニッポン総合戦略」の骨子は地球温暖化の防止、循環型社会の形成、戦略的産業の育成、農山漁村の活性化の4本柱となっているが、要は限りある化石資源の使用を抑制し、バイオマス資源の活用により新産業を創出して農業、農村を活性化することを謳い上げたものである。

バイオマス政策推進に関するその後の動きとして、この戦略が2006年3月に「バイオマスタウン構築の加速化」、「バイオ燃料の利用促進」などに重点を置いて見直され、さらに2009年6月には国会全会派一致で「バイオマス活用推進基本法」が成立、9月に施行された。バイオマス活用に向けて政策的支援や法整備が着々と行われるようになったことは大変喜ばしい。

筆者は3年ほど前から(社)日本有機資源協会(JORA)において、主として見直し後の「バイオマス・ニッポン総合戦略」の目玉の一つとされたバイオマスタウン構築加速化の支援に携わっており、最近ようやく政府が2010年度末時点での目標としているバイオマスタウン構想公表数である全国300地域(自治体)を達成する見込みがついたところである(2010年11月末現在286地域)。

ところがバイオマスの有効活用を実現する問題の解決が容易でないことも同時に顕在化してきつつある。構想公表数がまずまず順調に増加している半面、肝心のバイオマス活用の事業化が必ずしも順調に進まず、このままでは構想が絵に描いた餅になることが危惧される地域が少なからず存在するからである。JORAではその問題点を詳細に分析し、バイオマス利活用事業の採算性の確保、燃料を含めたバイオマス製品利用の促進、地域人材の充実、国民の理解を得るための啓発が不可欠であることを2010年6月に主務官庁である農林水産省、環境省に具体的な方策を示して提言した。

その後、2010年12月にようやく「バイオマス活用推進基本計画」が閣議決定、公表された.計画では2020年に国が達成すべき目標として、600市町村でのバイオマス推進計画の策定、5,000億円規模のバイオマス産業の創出、炭素量換算で約2,600万トンのバイオマスの活用が示され道筋が整うこととなった。JORAでは農林水産省の支援を受け、人材養成の一環として5年にわたって170名のバイオマスタウンアドバイザーを養成し全国9ブロックに配置し、地域市町村のタウン構想立案に取り組んできたが、まだまだ人材不足であること、特に事業化に際しての採算性を含めた技術的な面での力不足を痛感している。

今さら言うまでもなく、バイオマス活用の技術的プロセスでは微生物の能力を借りる場面が多いが、それは伝統的に日本生物工学会の最も得意とする分野の一つであり、本学会会員諸兄姉の中にはその分野のスペシャリストとして全国各地で活躍しておられる方が多い。

今強く希望したいことは、学会としてそれらの方々の力を結集して、バイオマスタウンアドバイザーと協力しながら上述の問題点を一つずつ克服し、地域ごとに循環型社会を作り上げることである。さらに望ましくは同様の構想を進めている韓国や中国と協力して事業を東アジア全域にも広げたいと考えている。

ご協力頂ける方々のご連絡を切にお待ちしております。


著者紹介 日本生物工学会顧問、日本有機資源協会会長、東京大学名誉教授
E-mail: (日本有機資源協会)

 

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