【随縁随意】熱量とハングリー精神 – 近藤 昭彦
生物生物工学会誌 第102巻 第12号
近藤 昭彦
月日の経つのは本当に早いもので、筆者も今年65歳、本年度末に大学を定年退職となる。「光陰矢の如し」「少年老いやすく学成り難し」を実感する。40年弱、大学や国立研究機関で研究を続けてきたが、感想を一言で言えと言われるなら、「面白かった」である。確かに寝る時間を惜しんで研究や申請書作成に使った時間を単純に楽しんだわけではないが、やはり「面白かった」である。苦労をすればするほど、良い論文ができあがった時や、大きなプロジェクトが採択されて研究が始められる時の喜びは一層大きなものである。幸せの定義は、実は単純であると読んだことがある。「一番幸せな瞬間は、苦労を重ねた結果として当初の思いが達成されて、周囲の人からも賞賛される時である。楽して手に入れたものは、大金であれ名誉であれ、真に幸せを感じるわけではない」と。まさにこうした幸せの瞬間を多く味わってきたが、多くの研究者で共通の感想ではあると思う。その中で多くの大切なことを学んできたが、若い人の参考になればとの思いで、自分の研究者人生の中で大切だったと思う三つのトピックス(学び)を書いてみた。
一つ目は、幅広い海外での体験の大切さである。幸いにも30代前半に、一年間ストックホルムのスウェーデン王立工科大学に留学できた。その後も、多くの二国間交流事業などに加えていただき、世界を回って研究の議論や文化を楽しむことを身に着けることができた。現在までに 200回を超える海外渡航をし、世界中で学会参加や研究機関・企業訪問を行い、議論や会食を楽しんできた。村的な研究に陥らないよう、視野を広げていくという意味で、研究面にも大きなプラスとなっている。また、世界で認められるためには、研究のユニークさとインパクトの大きさを追求し続けなければならないが、その感性を磨くことができた。さらに、研究成果を英語でインパクトのある形で発表することを追求することは、プレゼン能力のブラッシュアップにも大いに役立ったと思う。
二つ目は、各種大型研究に参加させていただいたことである。30代後半に、当時としては破格の大きさのNEDO産学官連携プロジェクトに参加する機会を得た。ここで、基礎研究だけでなく、基礎研究から社会実装までを産学官で連携して行うことの楽しさやプロジェクトマネジメントの重要性を学んだ。また、自分の手元だけの小さな研究構想だけでなく、社会の変革をどうすれば実現できるかという大きな視点から研究プロジェクトを構想することの重要性を学んだ。さらに、新しい研究課題に大胆に挑むという挑戦者の神を得たと思う。社会課題の解決には、どうしても新しい研究課題に大胆に挑まなければならないが、この時、よく言われるように、「少し鈍感に、また限定的ないい加減さを持って、失敗を恐れずに挑戦する」ことは大事だと思う。
三つ目は、研究人生の後半でアントレプレナーシップの大事さを学んだことである。50代中盤に神戸大学で科学技術イノベーション研究科を立ち上げて研究科長として運営する任務を与えられた。社会科学系の先生とともにアントレプレナーシップを兼ね備えた理系人材の育成を目指した。アントレプレナーシップの重要性は現在では広く認識されているが、当時の私には新鮮であった。スタートアップ(SU)の起業や、企業での新規事業創出のみならず、大学の研究者にも大事だと思う。なぜなら、「少ないリソースで、信じられないほど大きなインパクトを創出する」理念は、研究でもとても大切と思うからである。研究科の学生に実例を見せる意味からも、筆者は今まで6社のSUを立ち上げてきたが、現在も新たな SU の起業を構想中である。日本が世界と伍していけるように産業競争力を上げる観点から、グローバルSUを如何に増やすことができるか、まさに正念場である。
昔、65歳では引退的な雰囲気になっているのかと思っていたが、想像とはまったく異なり、アントレプレナーシップを持って新たな仕事に挑戦しようという楽しい気分である。大事なのは「熱量」と「ハングリー精神」!人生100年時代と言われて久しいが、面白いと思うこと、ワクワクできることを可能な限り続けていきたいと思っている。
著者紹介 神戸大学(副学長)、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科(教授)、
理化学研究所環境資源科学研究センター(副センター長)