生物生物工学会誌 第102巻 第11号
髙木 博史

いきなり私事で恐縮だが、今年(2024年)5月下旬に1週間近くNew Yorkに滞在し、企業在籍時(1986年)の海外派遣でご指導を受けた井上正順教授(当時New York州立大学Stony Brook校)の最終講演を含むシンポジウムに出席した。基本的にアメリカの大学には教授職の定年はないが、井上先生も今年90歳を迎えて正式にRutgers大学Robert Wood Johnson医学部を退職され、家族でHawaiiに移住される予定である。先生のようなCuriosity-driven Scientist(学部長に就任後も「大腸菌はどれくらいのサイズのタンパク質まで生産できるのか?」というワクワクする実験をされていた)を理想としてきた筆者も年齢を重ねたことに改めて気づいた。

筆者は昨年3月末に本学の教授を定年退職したが、特任教授として数名のスタッフと新しいラボを立ち上げ、企業との共同研究を中心に発酵科学に関する基礎・応用研究に取り組んでいる。また、産官学連携を推進する部門の役職も継続し、本学や本学会に微力ながら貢献できればと考えている。個人的には研究成果の創出と社会への還元とともに、若手・中堅の人たちの仕事やキャリアパスをサポートしていきたい。一方で、定年退職を機にいわゆるセカンドキャリアのステージに入ったが、教育(研究指導、授業など)の恒常的業務がなくなり一抹の寂しさはあるものの、PIとして研究費を獲得し、ラボの運営に奔走する状況は変わらず、その実感はない。

「人生100年時代」のセカンドキャリアは人それぞれである。筆者の場合、これまでの研究・技術シーズや人的ネットワークを活用した社会実装の経験をもとに、「シニア起業」への挑戦を考えている(恥ずかしいのでここだけの話です)。折しも、政府が「スタートアップ育成5か年計画」を策定し(2022年11月)、スタートアップに対する支援が加速している。本学においても情報科学系の教員や学生は起業意識が高く、筆者は大学発スタートアップの認定に関する規程を作成するなど起業を推奨する立場にある。また、本誌では筆者より若い先生が大学発ベンチャーや副業の経験を紹介されており、その意欲と行動力には敬意を表する。しかし、いざ自分が起業に向けた検討や準備を始めると容易ではない。「案ずるより産むが易し」かもしれないが、若い人にアドバイスを求められると、人生は自分で決めた道が正解、行動する勇気・行動しない勇気、仕事はどこで行うかではなく、何を行うかが大切、「今がふるさと」の気持ちが大事、などと偉そうなメッセージを送ってきた自分が情けない。

ベンチャーとスタートアップの大きな違いはビジネスモデルである。ベンチャーは既存のビジネスモデルをもとに、売上や収益性を拡大していくが、スタートアップは革新的なアイデアで新しいビジネスモデルを構築し、短期的に成長する企業である。また、スタートアップには事業の革新性・成長率・EXIT(出口戦略)・資金調達法などに工夫や計画性が求められる。そのためには、起業マインド・明確なビジョン・冷静な決断力・高い先見性・優れた統率力・前向きで柔軟な発想力・強靭な精神力などの資質を備えたうえで、目的・目標・課題を設定する能力および人・物・金・情報などの経営資源を動かす能力を有する経営者人材の確保と育成が必須である。また、研究開発型のスタートアップを目指す場合、事業化のための研究開発を先導する若手・中堅の研究者・技術者の確保と育成が重要である。さらに、アメリカのようにベンチャーキャピタルやアクセラレーターからの投資を積極的に受けるためには、研究者は常にアンテナを高くして人脈を広げる努力を行うとともに、大学側も利益相反の制限を緩和し、研究者が失敗を恐れず起業しやすい制度や雰囲気になればと、甘い?考えを持っている。
長々と書いてしまったが、セカンドキャリア後のサードキャリアについてはしっかりと設計している。アメリカ野球を愛する者として1)、来年(2025年)は日本人初のアメリカ野球殿堂入りに選出される可能性が高いイチローの表彰式が行われ、また日米の150年以上に渡る野球交流史を紹介する企画展も始まるアメリカ野球殿堂博物館(National Baseball Hall of Fame and Museum)を約30年ぶりに訪問し、自らの就職活動?を頑張りたい。

1) 高木博史:化学と生物,59, 417 (2021).



著者紹介 奈良先端科学技術大学院大学研究推進機構(特任教授)

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