【随縁随意】学問を楽しむための自問自答 – 紀ノ岡 正博
生物生物工学会誌 第102巻 第9号
紀ノ岡 正博
シニアの教授の仲間入りをする年齢となり,自分が進めてきた研究はどの学問領域で,どのような貢献をなしてきたか,さらに,今後どこまで進められるのであろうかと問うことが多くなってきました.そこで,最近思うことを,自問自答しながら,語弊を恐れずに述べてゆきたいと思います.
私自身は,専門としての生物化学工学を,生物的な物事(対象)を系としメカニズムを仮定し解釈する活動と捉え,学問の体系化を進めつつ,研究としての技術構築(モノづくり),それを活かすための決め事(ルールづくり),そして,伝える努力(ヒトづくり)からなる「コトづくり」いわゆる社会実装に活かしてゆきたいと思ってまいりました.
昨今の社会実装では,産(民間企業),学(教育・研究機関),官(国・地方自治体),民間(地域住民・NPO)など,ステークホルダーの多様化により,大学における他との連携の在り方が大きく変わっております.たとえば,再生医療や細胞治療などの新たな医療技術の産業化では,私どもの研究対象である「細胞製造」が重要となりますが,学問が未熟で,学問構築と社会実装が同時進行する必要があり,人,情報,技術,分野をつなぐ仕組みを持つセンス良いチーム形成が不可欠であります.良いチーム形成には,受動的な活動ではなく,一人ではできないことを意識し,「良いお節介」ができる環境づくりが大切であると感じております.そこで,「良いお節介とは?」と問いながら,産学官民が協力し,教育・研究・産業化・生活に対する活動を可能とするエコシステムを形成することで,新技術産業領域に対して開発の方向性(ロードマップ)を明確にし,固有の概念・技術を構築ならびに迅速な産業化活動を行う必要があると思います.私は,教員として,学問の体系化の活動を怠ることなく,専門性を高め,次世代へつなぐことが重要な役割の一つであると思い活動しております.その際,諸先輩が築き上げてきた学問体系を読み解き,歴史を感じながら,新たな言葉や概念を加えようと挑むことは,至上の楽しみであり,同世代の仲間と,体系化の考え方を比較し,議論することで,楽しみを分かち合え,学問に磨きをかけるものと信じています.昨今は年齢層を超えたこのような活動が減ってきているように感じ,学会活動の中でも重視することを提案してゆきたいと思います.
さらに,研究を通し学問を進めることの楽しさを次世代へ紡いでいくことができればと思います.楽しみには,習うこと(学問の理解),見いだすこと(発見),創ること(技術創出),築くこと(技術構築),考えること(体系化),伝わること(技術伝承),変えること(変革),つかわれること(社会実装),育むこと(教育)などが挙げられ,各自が興味を持ち寄り醸成することで学問を育むことができると思います.
この楽しみは,時には苦に感じることもありますが,子供たちを育むことと同様,「楽しく思い挑み続ける能力」を身に着けた者が学問を育めるものだと思います.この能力は,やりぬいてこそわかること(グリット),いろいろ経験してうまれること(セレンディピティ),溢れる情報から取捨選択し,大切なことを留めること(鈍力・鋭力),負けたら再度挑戦すればよいこと(リベンジ),自分は無知であることを認め周りに聞くこと(頼る力),話にオチを考え,面白く,筋を通すこと(ひねる力)からなると考えており,日々の研究において意識していれば自然と身につき,学問の発展に挑み続ける原動力になると信じております.
最後に,思いのままに述べる機会を与えていただきました学会の皆様に感謝したいと思います.今後,私は,目の前の研究も大切ですが,学会活動を通して,自分の中で研究の流れを体系化し,次世代に伝えたいと思います.また,皆様におかれましては,よかったら一緒に,学問を楽しみ,発展に挑み続けませんか.日本生物工学会へ「良いお節介」をしませんか.
著者紹介 大阪大学大学院工学研究科(教授)