【随縁随意】中高温微生物学のすすめ – 阿座上 弘行
生物生物工学会誌 第102巻 第8号
阿座上 弘行
本誌第102巻第2号のBranch Spirit 1)でも触れましたが、筆者は2年前から山口大学の中高温微生物研究センターのセンター長をしています。皆さん、中高温微生物についてどのようなイメージをお持ちでしょうか?筆者らは通常の至適温度で生育する常温菌よりも5–10 °C高温で生育可能な微生物、すなわち概ね40–50 °Cで生育する微生物、あるいはその温度帯に対して耐性を持つ微生物が新規な微生物の一群を形成していることを見つけ、「中高温微生物」と名付けて、その研究を続けてきました。これまで多くの研究者は、常温菌以外では好冷菌や好熱菌、超好熱細菌などいわゆる極限環境微生物に注目してきました。本センターは、長年にわたる東南アジアの研究者との広範な共同研究・研究交流によって、熱帯環境から、我々ヒトの生活に密接に関わっている常温性の発酵・環境・病原微生物でありながら耐熱性や微好熱性を有する微生物を分離・蓄積し、日本でも有数なライブラリーを整備してきました。
本センターは、これらの「中高温微生物」群の至適温度特性を発酵の冷却コストの低減に応用する研究などを世界に先駆けて進めてきました。それと並行して、この特性のメカニズムについて基礎的・基盤的研究を進め、耐熱性細菌から「耐熱性遺伝子」群を発見するとともに、耐熱性酵母の中に高温において独自の代謝戦略をとるものがいることを見いだしました。したがって、「中高温微生物」が有する5–10 °C高温での増殖能は、熱帯環境で獲得された特別な生存戦略であると言えます。このように、「中高温微生物」はそのゲノムに常温菌とは異なる「環境適応」のための独特の分子メカニズムを獲得しており、これが「中高温微生物」の「耐熱性」の要因であることが明らかになってきました。非常に高温であった原始地球が次第に冷えてきたことで繁栄してきた常温菌が、熱帯環境に適応するために獲得した耐熱性とその要因である環境適応分子メカニズムは科学的に非常に興味深いものです。
しかし、常温菌の中には短期間での大幅な地球温暖化に適応できないものもいることが予想され、それらの淘汰は物質循環に悪影響を及ぼす可能性が危惧されています。したがって、これまでの進化の過程で「中高温微生物」が環境に適応してそのゲノム配列に刻んできた「環境適応能力」の利用をはじめ、人類にとってこれからきわめて重要となる「中高温」温度域での微生物研究の進展が注目されます。さまざまな分野で、その「環境適応能力」を基礎科学的に解明していきながら、「中高温微生物」研究で解明された知見を含めて広範な基礎科学分フィードバックすると同時に、応用科学分野にも利用していくことが期待できます。それ故、「中高温微生物」が持つ「環境適応能力」由来のさまざまな機能の解明やその利活用について、従来の微生物科学の領域に留まらない、新たな、かつ独自の研究領域の開拓が求められています。
当センターでは。東南アジアの熱帯環境から、発酵・環境・病原微生物を採集・分離・整理・保存・蓄積し、2,800株の耐熱性微生物を含む中高温微生物カルチャーコレクションを整備してきました。さらに、長年交流のあるタイのカセサート大学のバイオダイバーシティセンターと協力し、カセサート大学が保有する2,000株以上の熱帯性環境微生物を含むカルチャーコレクションの相互利用などが行えるシステムを構築してきました。現在、お互いのコレクションの情報をデータベース化することで、カルチャーコレクションとそのデータをONE-STOPで一体的に利用できるように整備を進めています。皆様のご研究に是非当センターの中高温微生物リソースをご活用ください。
また、近年、当センターでは、奈良先端科学技術大学院大学とMTA契約を締結して、森浩禎先生(奈良先端科学技術大学院大学名誉教授・現当センター客員教授)が作成された大腸菌網羅的解析リソース(KeioコレクションやASKAライブラリー、ASKAバーコード欠損株コレクションなどを含む)の保管・管理も始め、企業などを含めた研究機関への分譲体制も整えました。こちらのリソースの利用をご希望の場合も是非ご連絡ください。
1) 阿座上弘行:生物工学会誌,102, 86 (2024)
著者紹介 山口大学 大学研究推進機構 中高温微生物研究センター(教授)