【随縁随意】シングルタスクからマルチタスクへ– 田丸 浩
生物生物工学会誌 第102巻 第5号
田丸 浩
2023年はプロ野球が熱かった。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での14年ぶりの優勝に始まり、何といっても、故・新名惇彦先生が大好きであった阪神タイガースが38年ぶりに日本一になったのだ!俄かファンには申し訳ないが、大阪人にとって阪神タイガースは日常的に生活の中にある。39年前の1985年、当時、私は高校3年生であった。この年、阪神タイガースは初めて日本一になった。リーグ優が道頓堀川に投げ入れられた)。また2023年は、3年あまり猛威をふるった新型コロナウイルス感染症も5月8日に「5類移行」され、ようやく日常的な生活が戻ってきた。
さて、そもそも「プロ」はどのようにして生み出されるのか?「一芸に秀でる者は多芸に通ず」ということわざがある。何か一つの道に秀でる者は、他の道でも秀でるようになる、という意味である。将棋の藤井聡太8冠は将棋というゲーム、すなわち「一芸に秀でる者」の代名詞となっている。彼は若干21歳であるが、すでに前人未到の偉業を成し遂げている。一方、メジャーリーガー大谷翔平選手も2023年日本人で初めてホームラン王になるとともに、満票で2度目のMVPに選出され、これは大リーグ史上初の快挙であった。大谷選手の代名詞はご存知「二刀流」である。すなわち、メジャーリーガーの中で投打のバランスがもっとも良い選手、“ベーブ・ルース以来”の104年ぶりの偉業を成し遂げた訳である。まさに「投手大谷が勝つためには、打者大谷が打つしかない」と評されている。
さて、私が三重大学に着任して23年、教授に昇進して10年が経過した。カリフォルニア大学デービス校でポスドクをしていた時代は、「研究」だけできれば幸せであった。すなわち、研究者として「シングルタスク」が性に合うと今でも自負している。だが、2000年に帰国して、母校である三重大学の出身研究室に助手として採用されてからは、案の定“PAD: Post America Depression(命名:山中伸弥先生)”になった。つまり研究だけでなく、教育はもちろんのこと、管理運営、さらには社会貢献も要求される、まさに「マルチタスク」がプロの証という洗礼を受けた。今に思うと、この状況は三重大学に限った話ではなく、全国の大学で同じ状況になっていたと感じる。では、「マルチタスク」はただ大変なだけなのか?いや、そうとも言えない。現に、私は45歳で出身研究室の教授になれたし、「マルチタスク」は独創的な「二兎流の研究(二兎を追い、二兎を狩り、二兎を得る)」を実践する気づきを与えた。研究活動は自分自身が“面白い(おもろい)”と思えるテーマを見つけ出し、それに対して寝食を忘れて実験し、得られたデータから新規性や発見を見いだし、これらを考察した後に論文として発表する。すなわち、この一連の活動はまさに「マルチタスク」の成せる技であり、それが「プロフェッショナル(研究でお金を稼ぐ人)」に相当する職場であると考える。
そう考えると、ヒトの脳で処理していることは相当複雑なことであり、「シングルタスク」が楽であるとか、「マルチタスク」がしんどいとか、そう言う観念はもはやAIを超越した作業を長年にわたり繰り返すトレーニングのように思える。大学教員として、自分にしかできない研究を楽しんでやってきたと思うと、これまで歩んできた研究者としての人生はとても感慨深いものである。皆さん、感染症を克服して長生きしよう!
著者紹介 東北大学大学院工学研究科(教授)