生物生物工学会誌 第102巻 第3号
藤井 力

家族に高リスク者がいるので気をつけていたのに、ついに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染してしまった。今年度再開し、楽しみにしていた「真核微生物交流会」にも行くことができなかった。

COVID-19が長く流行しているのは、ヒトに感染する機会が豊富で変異を繰り返しているからにほかならない。正確にいうと「変異を繰り返す」わけではなく、ウイルスは一定割合で変異するが、多くの人に感染し、いろいろな種類が生まれ、多様性が増え、最適株が増殖し、それまでの株に置き換わる。ウイルスは「次こうやって感染力をあげよう」と考えているわけではなく、ポンコツで淘汰される変異も多いが、免疫を偶然すり抜けやすくなったり、放出される時期が偶然発症前になったりするなどして、選択圧に対し最適な株に置き換わる。高校の生物の授業で、工業の発展に伴い、淡い色のオオシモフリエダシャクが暗色に置き換わる工業暗化という現象を習ったが、多様な種類から選択されたものが優占するという仕組みは同じ。多様性があれば、選択圧で最適株が選ばれる。オオシモフリエダシャクの多様性獲得(≒最適株の創出)の源泉は有性生殖であるが、ウイルスは突然変異。その時だけを考えるとポンコツも含めた多様性を持つことは非効率だが、多様性があることで環境の変化に強く、ロバストネス(頑健性)も高い。病原菌に抗生物質耐性菌が出現したり、驚くような環境に微生物が存在したりしているのも同じ原理か。

先日、学生とある工場を見学させていただく機会を得た。もっとも感銘をうけたのは、工場に貼ってあった行動指針「私は、今日の仕事を振り返り、誇りをもって家族に話すことができます」であった。効率アップとか安全とかではなく、「仕事を振り返り、誇りをもって家族に話せるか」が行動指針になっていた。この行動指針の場合、正しい効率アップ法が選択され、安全は守られ、問題は起きにくいであろう。昔なら「お天道さまはお見通し」か。うそやずるは短期的には得するように見えるが、人生100年かつSNS時代では必ずばれ、大手芸能事務所やマスメディア、中古車販売業者や保険業界、あるいは一部の政治家や芸能人の例を挙げるまでもなく、その人や組織を揺るがす。結果の確認に時間はかかるが、こちらも効率的な仕組みのように思える。

多様性を背景にした自然選択による最適化と「お天道さまはお見通し」による最適化。大学研究資金配分には活かされていないように思う。筆者は5年前に大学に来たが、基礎的経費はきわめて少額で、外部資金などを確保しなければ、卒論生や修士の学生の研究費を賄えない。乱暴でもぱっと見て伝わる文章が求められ、攻略本や攻略セミナーも開催されている。流行りの研究分野の方が取りやすいから「寄せに」行く者もいて、資金配布側の効率も悪い。その分野のブレークスルーより、確実に結果が出て報告書を書いてくれそうな人や分野を選びがちに見える。不正防止のために規制ができ、正直を証明するのに、ぱっとみてわかる文章を書くのに、膨大な応募を審査するのに、成果を出すための研究時間がどんどん削られていく。この選択圧は、科学技術発展のために正しいか。分野や手法の偏りを誘起し、多様性が生まれることを阻害していないか。

いまの仕組みが正しいかどうかも「お天道さまはお見通し」、歴史が証明する。短期的には効率が悪いように思うかもしれないが、研究時間を確保し、多様性を生み出すのに最小限の基礎的経費が出るようにならないと、社会が大きく変わった時に必要な研究成果は得られそうもないような気がする。いまの仕組みは本当に有効か。頑健性は高いか。成功するにはある程度の失敗と試行錯誤が必要なのである。多様性+自然選択による最適化と「お天道さまはお見通し」による最適化、信じてみませんか?



著者紹介 福島大学食農学類(教授)

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