【随縁随意】大谷選手に学ぶ– 秦 洋二
生物生物工学会誌 第102巻 第1号
秦 洋二
日本生物工学会の会長を拝命して、はや半年が経とうしている。SBJシンポジウムに始まり、名古屋での年次大会やアジア関連団体との協賛など大きなイベントをなんとか無事に終わらせることができた。これも清水先生、青柳先生の二人の副会長をはじめとする理事のみなさんのご支援、ご協力のおかげである。まだまだ力不足はぬぐえないが、学会発展のために尽力してきたい。
2023年は大谷翔平選手が、日本人初となるメジャーリーグでホームラン王を獲得した年となった。打者としての活躍だけでなく、投手としてもチーム最多の10勝をあげるなど、まさしく投打の二刀流の大活躍であった。当初は誰もが投打の二刀流などはあり得ないと考えていたが、大谷選手の卓越した能力と不可能に見えた二刀流に挑戦する強い精神力で、前人未到の偉業を達成した。我々には大谷選手のような二刀流は到底できないが、二刀流に挑戦する姿勢は見習うべきと考える。
日本生物工学会は、2022年に創立100周年を迎えた。1923年に大阪醸造学会として創立された当時は、醸造・発酵分野が中心となっていたが、この100年の間にカバーする研究領域は大きく拡大している。清酒醸造が中心であった微生物による物質生産は、対象となる物質や微生物が多種多様となり、研究対象も微生物だけでなく、広く動植物にまで広がっている。酵素工学、動植物細胞工学、さらには生物情報工学など新しい分野を次々と取り込むことにより、日本のバイオテクノロジー分野を代表する学会になることができた。
このような幅広い研究領域を包含する学会の役割としては、異なる学術領域の交流の促進があげられる。生物工学会では研究部会制度を導入して、異なる研究分野の融合やニッチな研究分野の育成、発展に努めている。現在13の第2種研究部会が活動しており、それぞれ魅力的で個性的なテーマで新しい研究分野に挑戦している。これからは異分野の研究者が役割分担をして領域を融合させるだけでなく、他の分野の研究を理解し実践できる「二刀流」に挑戦することが望まれる。たとえば、実際に生物実験を行って生命現象を解明するウエット研究者とバイオインフォマティクスに代表される情報処理で解析を進めるドライ研究者が、お互い協力するだけでなく、ウエット研究者がドライ研究を行う、ドライ研究者もウエット研究を実践する二刀流も必要だと考える。いままでは、そのような二刀流は難しい、かえって効率が悪いと考えられてきたが、大谷選手の活躍をみて二刀流の先には、新しい世界をみることができるのではと期待している。大谷選手のようなメジャーリーグでの投打の二刀流のような異次元の活躍はできないが、我々の身の回りにも二刀流に挑戦すべき課題はたくさん転がっていると思う。企業においても研究者が、マーケティングや財務の知識を持つことは必須要件で、さらにはその異分野の専門家になることも要求されている。まずは身近な異分野領域を実践する二刀流から始めてみてはいかがだろうか?ただ二本目の刀はどうしても自分の苦手な領域であることが多いので、ぜひ苦手な方の刀もしっかり練習して両刀使いになることが重要である。
私は日本生物工学会として初めて民間企業所属の会長となる。業経営のマネジメントと学会運営のマネジメントの二刀流をさせていただいているが、お陰さまで一刀流ではわからなかった多くの事を学ばせていただいた。特に今まで企業側からしか見えなかった学会について、アカデミアの視点、考え方を理解できるようになった。会社では、業務の効率、効果、銭勘定をまず先に考えてしまうが、学理の究明のためには多少遠回りをしても、真実を明らかにすることが重要であることを教えてもらった。まさしく両方向の視点でみえるようになったことは、二刀流に挑戦したからに他ならない。本来二刀流とは両手に刀や剣を持つ剣術法を指すが、大谷選手の活躍により、「同時に二つのことを行う」という意味の方が有名になった。スポーツ界だけでなく、我々の学術領域でも二刀流、三刀流の研究者が活躍することを望んでいる。
著者紹介 月桂冠株式会社(専務取締役製造本部長)