生物生物工学会誌 第101巻 第10号
安原 貴臣

私が企業に入社した1991年当時、多くの消費財メーカーでは自社の保有するリソースをベースにした自前でのモノづくりが主流であったように思う。その後、新興国を中心とする人口増や情報化技術の普及による世界同時成長に伴い、化石資源依存経済が拡張を続けた結果、世界が持続可能な開発目標(SDGs)や、2050年のカーボンニュートラルの実現に向けた各国目標を定めたパリ協定などの国際合意に繋がっていることは周知のとおりである。特にSDGsにおいては、「誰一人取り残さない」との決意のもと、欧米を中心に新たな持続可能な経済活動パラダイムの主導権を握ろうと法令・規制の整備や産官学一体での技術プラットフォーム開発競争が急速に進んでいる。さらには、コロナ禍やウクライナ問題で露呈した地経学的リスクは化石資源脱却と資源自律の両立など、各国に強靭で持続可能な循環経済戦略を再考させている。こうして産業界は今、不確実な未来と経験のない事業環境の大きな変曲点を迎え、未来社会に受容、歓迎される事業への転換や再構築を迫られている。

こうした壮大な社会共通課題に対しては、産官学からの英知を総動員した質の高い技術開発と実証サイクルに加え、それらを国民理解と新制度の設計・発動を通して社会の行動変容にまで繋げる必要がある。すでに欧米では、ハード、ソフト面での総合知を結集する政策や積極投資が進められている。日本でもこの課題解決にはバイオの果たす役割はきわめて大きいとされ、「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会の実現」を掲げたバイオ戦略が2019年に策定された。本戦略は、世界環境の変化に伴い、毎年見直しが図られつつ、政府主導で産官学の共創での課題解決を誘導する施策が積極的に進められている。

一方で、「日本は技術で勝ってビジネスで負ける」との声や、社会変革に伴うルール形成において欧米の後塵を拝しているとの声を耳にする。この原因として、日本のビジネスモデル面での劣後が指摘されているが、その真因はどこにあるのだろうか? 2018年に実施された理事、代議員を対象とした生物工学会への参画目的と要望に関するアンケート(https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9711/9711_sangaku_survey.pdf)によると、学術界では成果発表と育成を目的とする意見が多い一方、産業界では成果発表と研究・情報発信に加え、ネットワークや有用技術・情報獲得が期待され、後者において不満足の意見が目立った。また、全体的に産官学が議論できる企画の充実を期待する声も多かった。こうした意見と現状から、産業界には連携・共創の意識はあるが、どう連携・共創するかの様子見、慎重な姿勢が感じられた。この背景には、日本の製造業が基本的に閉鎖的な枠組みでの生産で富を築けてきたこと、長期安定雇用もあり事業に必要な技術を内製化できたこと、および、業界ごとに優良な競合企業が複数共存する競争環境の歴史が関係しているかもしれない。いずれにしても、研究力や国際競争力の低下が指摘されているが、長きにわたって積み上げてきたナレッジと実直で連帯の精神が本国民の根底にあると信じており、個々の躊躇の先にある一歩が未来社会への競争優位なトランスフォーメーションと国力の復活に繋がると期待している。

近年、フードテック関連の研究会が複数立ち上げられ、そこにはITやエンターテイメント業界などに加え、多くのベンチャー企業も参画し、産官学の分野・業界を超えてバイオを起点としたSociety 5.0社会の高次の実現に繋がる共創議論が繰り広げられていると聞く。産も官も学も皆、持続可能なより良い未来社会の実現のために共存する公器である。それぞれの個人、組織、企業の存続と繁栄が大前提との相互理解の上、より多くの幅広い技術者が構想を恐れず掲げ、気付きや共感と連帯を生み、社会課題を解決する高次の競争価値を創造できる場として、100年の歴史を刻んだ今後の日本生物工学会の役割と繁栄を共に楽しみたい。



著者紹介 アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(社長付、担当部長(OI担当))

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