【随縁随意】追い風 – 関 実
生物生物工学会誌 第101巻 第8号
関 実
バイオへの追い風が強く吹いている。しかし、順風がいつまでも続くわけではない。2020年度から、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の通称「バイオものづくり」プロジェクトのプロジェクト・リーダーを拝命している。正式には、「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」という長い名前のプロジェクトである。直接的には、2019年6月、内閣府から発表された「バイオ戦略2019」という政策方針を受けたものである。国が、バイオテクノロジーに関連する方針を発表するのは、2002年の「バイオテクノロジー戦略大綱」とそれを補完する2008年の「ドリームBTジャパン」以来である。このときは、どちらかと言えば、基礎研究のフロンティア開拓に軸足を置いていたため、社会還元の遅れが懸念されていた。今回の戦略では、出口指向がさらに強まり、目標は「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現すること」になっている。
加えて、「バイオ戦略」策定後に発表された菅首相(当時)の「カーボンニュートラル宣言」(CN宣言)に呼応する形で、2020年12月に経済産業省が主導して「グリーン成長戦略」という政策方針も発表されている。CN対策を「成長の機会」と捉え、「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策である。その主眼は、エネルギー転換である。再エネ、電化・蓄電、水素関連の新たな産業の発展が期待できるとして、14の重点分野が選定された。「バイオものづくり」も含まれている。
「バイオものづくり」のCNに対する貢献は必ずしも大きいとは言えないが、より重要なことは、循環型で持続性のある産業構造への転換(SX)である。石油化学製品のバイオマス原料への転換だけでなく、省エネルギー・省資源型のバイオプロセスを目指した技術開発は、バイオエコノミーの発展にも寄与する。NEDO「バイオものづくり」プロジェクトのミッションの一つでもある。
私の学生時代は、第二次オイルショック後の経済低迷の中で、石油代替エネルギーとしての太陽光、地熱、風力、水素、バイオマスなどの自然エネルギーの開発が注目された時期である。私自身がバイオに足を踏み入れるキッカケの一つでもあった。また、NEDO設立もこの時期(1980年)であり、当初より「新エネルギー開発」が目的の一つだった。その後、総合化学会社に入社し、当時の通産省が主導した次世代産業基盤技術研究開発制度の下で実施された大型のナショプロに参画する機会を得て、「次世代バイオリアクター」の開発に取り組んだ。コンピュータ自動制御による汎用化学品のバイオ生産を行うというもので、40年近く前の技術開発ではあるが、目指していたところは、現在のそれに通じるところもあった。
40年前の第一次バイオブーム、約20年前の第二次ブームは、それぞれ、遺伝子操作技術、ゲノム解析技術とその成果を中心とするバイオとその関連科学および技術の発展に裏打ちされたものである。そして、数年前からのバイオへの追い風も、情報技術やゲノム編集技術、そしてロボティクスの進展などの科学・技術の深化に後押しされている。同時に、経済発展の起爆剤としての「バイオエコノミー」に対する世界的な期待があることも大きな要素である。これまでのブームでも、それなりの成果を挙げて来たものの、社会実装・変革が大きく進まないと、10年も経たずにフェードアウトして行くことが繰り返されて来たとも言える。
「2050年CN実現」は、困難で時間の掛かる目標である。目標が大きければ、循環型のバイオプロセスの価値は益々高まって行くはずではあるが、追い風が続くかどうかは分からない。バイオエコノミーの発展に繋がる新たなバイオプロセスの社会実装を加速し、同時に、バイオ関連の情報解析技術や自動化システムなどの共通基盤の構築を急ぐ必要があるのだろう。
著者紹介 千葉大学 大学院工学研究院(名誉教授)