【随縁随意】バイオベンチャー – 堀 克敏
生物生物工学会誌 第101巻 第5号
堀 克敏
本学会の会員にも起業経験者や起業を検討している方が少なからずおられるであろう。ここでは、自身の経験をもとに起業に対する思いを述べたい。私は、2017年 6月に名古屋大学発ベンチャー、(株)フレンドマイクローブ(以下 FM 社)を起業した。名称には「微生物を友達に」の意味が込められている。商品・サービスとしては、微生物と酵素、バイオリアクターおよび受託研究が中心である。FM社の事業は、排水中の動植物油脂を強力に分解する微生物からスタートした。このテーマは、企業との共同研究から始まり、NEDOやJSTの複数のプロジェクトを得て発展してきた。現在 FM 社は、微生物と酵素でSDGsを実現することを掲げ、事業展開している。
さて、起業は、自身の研究開発の成果を社会実装する一つの手段である。しかし、起業以外にも、企業との共同研究や技術供与、知財のライセンスなど、社会実装の手段は複数ある。起業が他の社会実装とまったく異なる点は、通常、自己資金を投入する必要があるということである。私は約1千万円を自ら投資している。これには、事の他、大きな決心がいる。自分の研究成果が、近い将来に絶対に売れる自信がなければできることではない。失敗すれば、投資したお金を失うことになる。他者から投資をしてもらって起業することもできるが、それでは自分の会社にはならない。逆に言えば、自分の会社にこだわらなければ、他者に投資してもらえばよい。自己資金を出すだけの自信もない技術に投資してくれる人を探すのは容易ではないが、研究成果に惚れ込んでくれて資金を出してくれる人を見つけられるかもしれない。しかし、投資家の考え方次第で、いつでも退場させられてしまうリスクがある。研究者と投資家の意見が合わずに対立することは、ベンチャーではよくあることである。そうなったら仕方がないと腹をくくり、当面の研究費を稼ぐことを目的に起業する場合もあろう。起業は民間資金を得るための有効な手段であることには間違いない。しかし、真の起業とは、自ら投資して会社を興し、それを自己投資額の何百倍以上にも成長させてキャピタルゲインを得ることを目指すものである。自分の研究成果でそれを目指せるところが、大学発ベンチャーの魅力である。
私の起業の目的も自分の会社をもつことであった。その場合、もっとも重要なことは資本政策である。完全な議決権を有する51%、拒否権を有する34%をどの段階まで保持し続けるかが最重要事項である。そうなると、多くの資金を集めればよいということにはならない。多すぎる金は自らを滅ぼしかねない。資本政策で失敗した大学発ベンチャーは数知れない。
無論、会社をもつ目的は、利潤を追求し、会社の価値を上げるだけのことではない。私も定年が見えてきた頃であり、科学者として何を後世に残せるかと考えることも多くなってきた。もちろん、新しい発見や発明を後世に残したいと考えているが、如何に画期的な発明であろうと、その寿命はどれくらいであろうか?20年以上使われる発明は、どれぐらいあるだろうか?発明した技術が次の世代の技術の土台になれば、間接的には残ることになる。他方、会社を興し、それが発展すれば、技術と共に後世に残るであろう。また、ベンチャーには研究成果の社会実装の場としてだけではなく、教育成果である人材の活躍の場としての意義もある。人、金、技術で日本に革新をもたらすバイオベンチャーに発展させられれば、本望である。発明王エジソンは世界的大企業ゼネラル・エレクトリック社の創始者であったことは言うまでもない。バイオの世界でそんなことを実現したい、そんな大それた夢を見られるのも起業したからである。ベンチャーは、まさに我が子のようであり、苦労を伴いながらも育てることは楽しいものである。
資本政策上、これまで外部資金を入れてこなかった FM社も、実績が上がり、第一期の資金調達の時期に入った。調達目標はなんとか達成できそうである。バイオベンチャーで世の中を変えようという挑戦は、第二幕に突入する。
著者紹介 東海国立大学機構名古屋大学(教授)