生物工学会誌 第100巻 第12号
黒澤 尋

今年(2022年)の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』ですが、主人公の北条(江間)義時は、事が起こる度に「なんとかせよ」と面倒を押しつけられる役回りで、困惑しながらも懸命に対処し、難しい局面をなんとか切り抜けていきます。

私は、「なんとかする」というのは、どう対処していいのかわからない事案について、画期的な解決策を見いだして「けりをつける」までには至らずとも、最悪の事態を回避して、状況の改善につながる成果を得ること、と解釈しています。「なんとかせよ」と言われるような事案は、「なんともできませんでした」では済まされない状況下での対処案件ですので、これを引き受けるにはそれなりの覚悟が必要です。

野球で言えば、9回ツーアウトの状況で監督から「なんとかしてこい」と言われて代打に出されたら、監督の意図(期待)は「アウトになるな」ということです。監督の期待に応えるには、デッドボールでも良いので、とにかくアウトにならず、次につなげなければなりません。甲斐なくアウトになりゲームセットということになれば、自分のせいで負けたような印象を持たれてしまう損な役回りです。

どの職場でも同じだと思いますが、誰もやりたがらないが、誰かがやらなければならない面倒な仕事が存在します。そういう仕事というのは、労力のいる割に成果に対する評価が低い(コスパが悪い)か、既成の対処法がなく成果が得られそうにないものです。一方で、上司が「なんとかしなくては」と思っている仕事は、局面打開につながるキーポイントであるといえます。上司に「なんとかしてくれないか」と頼まれる人は、それなりの力量と実績があり、期待がもてる人ということになります。ですから、もしそのような仕事の機会を与えられたなら、引き受けるべきであると思います。

さて、面倒な仕事を引き受ける時の心構えですが、まず「やればできる」という楽観的な気持ちをもつことです。そして「失敗しても命を取られるわけじゃない」(少し大げさですが)と開き直ることです。さらに、報酬(見返り)を求めないことです。「やればできる」というのは、お笑い芸人(独立リーグで野球もしている)の高岸宏行さんの口癖(芸)です。彼は『鎌倉殿の13人』では仁田忠常を演じており、ドラマの台詞としてもこの言葉が使われています(脚本・三谷幸喜)。よく成功した起業家が「ポジティブシンキング」「決してあきらめない」などのキーワードを挙げて話をされますが、「やればできる」というのは、同類のポジティブワードで、一歩踏み出すときの勇気を与えてくれる言葉です。

私は縁あって1990年に山梨大学に助手として採用され、以来、定年まであと数年という歳になる今日まで勤めております。大学教員の仕事は教育研究ですが、この他に(表現は適切ではありませんが)いわゆる雑用があります。大学が新しい教育課程を新設するときには、通称「設置審」というものを受ける必要があります。教育課程の新設は、構想力と各方面との調整・説得が必要で、作成する書類も多いので、膨大な時間を費やすことになる面倒な仕事です。私は学部(学士課程)、修士課程、博士課程における新課程の設置に関わり、3回の設置審に対応することになりました。そして、この経験を通して、物事を「なんとかする」には、己を虚しくして淡々と努力を継続することと、未知の状況に対応する柔軟性と創造性が必要であることを学びました。つまり、私利私欲を捨てて(見返りを期待せず)目標達成に向けた努力を継続する中で、ちょっとした創造的なアイデアをひねり出せば「なんとかなる」ということを自分なりに頓悟しました。これは、「努力をすれば物事はなんとかなる」という単純なことではありません。努力するのは当たり前で、努力をしたら成果が出るというのは幻想です。それに、面倒な仕多事のくは、とっかかりが見えず、どう努力していいかもわからないものです。しばらくの間は、努力というよりは「もがく」という感じだと思います。

人が嫌がる面倒な仕事は重要な仕事なので、勇気をもって引き受けよう。そして、『胆力』をもって、『不撓不屈』の精神で、『虚心坦懐』かつ『機智縦横』に仕事に取り組もう。きっと「なんとかなる」と思います。


著者紹介 山梨大学 生命環境学部 生命工学科(教授)

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