【随縁随意】「シーズ」と「ニーズ」 – 髙木 忍
生物工学会誌 第100巻 第7号
髙木 忍
大学の研究に「出口」として社会実装が求められるようになったのは、 いつの頃からだろう。個人的には、 大学にこそ基礎研究を行って欲しいと考えているので、 上記の方針はいかがなものかと感じている。一方で、 サイエンスは我々の生活を豊かにしてくれると堅く信じているので、 日本の大学から世界を救うイノベーションが起こることを願い、 期待している。現在、 世界における社会課題をみつめ、 地球規模で目指すべき17の目標、 SDGsが示されている。本学会会員により近い分野としては、 内閣府が「バイオ戦略」を策定し取り組むべき市場領域を示しているほか、 経済産業省1)や農林水産省2)も今後重点的に取り組む課題分野を示している。これらの分野でイノベーションを起こすことができれば、 社会へのインパクトは大きい。
世界経済フォーラムによるイノベーションランキングによれば、 日本は研究開発における産学協業が他の先進国に比べて劣っているらしい(2018年18位、 2019年25位)。発酵工学をはじめとする生物工学分野の歴史をみると、 かつては学界が産業界を牽引していた時期があったが、 その後、 企業が自社の開発力を向上させ、 大学に頼る機会が減少した。このため、 大学と企業との間に距離感が生じ、 大学側も産業界の「ニーズ」を拾える機会が減ったのではないだろうか。国内の大学における研究テーマは、 他国に比べて「基礎原理の追求」に偏り、 「問題解決」の視点に乏しいという指摘もある。企業のニーズは、 ほぼ問題解決に直結しているので、 企業ニーズを念頭においた研究は、 産業の発展により反映しやすいと言える。近年、 大学の「シーズ」をなんとか企業にマッチングできないかという努力が見受けられるが、 大学のシーズが企業のニーズに合うもので、 かつシーズが十分公開・宣伝されていれば、 企業の方からアプローチされるに違いない。アプローチのないシーズは、 残念ながら今の産業界では出番がないということになる。大学のシーズと企業のニーズが噛み合うような仕組みができれば、 国内のイノベーション力も強化できるのではないだろうか。
シーズとニーズが噛み合った産学協業を増やすには、 双方の歩み寄りが必要であろう。本学会が取り組んでいるように産学官の交流を増やし、 日頃から互いの強み・弱みについて理解し合えば、 互いに分業し開発に取り組む協業の芽が生まれてくると期待できる。諸外国では企業が大学に資金提供をし、 学術研究を支えているが、 残念ながら国内ではそのような資金提供は限られる。2015年のOECDのデータ3)によれば、 大学の研究資金のうち企業から提供された資金の割合は、 中国、 ドイツでは15.5%、 13%であったのに対し、 日本は2.6%である。双方の歩み寄りにより協業体制が増えれば、 資金の流れも変わってくるであろう。一方で、 現在は技術革新の過渡期にあるため、 産学協業にとってはチャンスかもしれない。コロナ禍など社会情勢による生活様式の変化、 気候変動や地球環境汚染の深刻化、 デジタル化・AIの利用が進んだ第五次産業革命など、 新規事業や技術革新が今後益々重要となり、 企業側も変革を求められている。このようなときこそ企業は新たな技術・知識を必要とし、 大学の存在感が増してくる。産学協業の絶好のチャンスではなかろうか。
誤解のないように付け加えると、 国内の大学と企業との共同研究は、 件数・金額共に増加している4)。その上で、 尚イノベーション力が低いという汚名を払拭できるような活躍を本学会員に期待したいのである。最先端の研究成果を収めているアカデミアと産学官の連携があれば、 きっと可能であるに違いない。
1) 経済産業省 バイオ小委員会 報告書「バイオテクノロジーが拓く『第五次産業革命』」(2021年2月)
2) 農林水産省「緑の食料システム戦略」:
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html (2022/4/22).
3) 日本学術会議「学術の総合的発展と社会のイノベーションに資する研究資金制度のあり方に関する提言」(平成29年8月22日), p. 10:
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t248-3.pdf (2022/5/11).
4) 金間大介, 高野里紗:研究 技術 計画, 35, 339 (2020).
著者紹介 千葉大学(非常勤講師)、 STグローバル バイオ・ネット