生物工学会誌 第100巻 第5号
村田 幸作

新型コロナウイルス感染症は大学の教育と研究にも影を落とした。講義は専らオンラインであったと聞く。私の学生時代(1970年頃)と似ていなくもない。大学紛争の煽りを受けて講義も疎らになり、時にはキャンパスも封鎖された。そのため故郷で過ごすことが多かった。彼のニュートンもそうであったようだ。黒死病の流行で大学が閉鎖されたため故郷に帰った。ただ、彼はそこで重力の発見など重要な仕事をした。私は野良仕事をした。あれから50年、今、体力勝負の運命的な「巣篭り」の中にある。

その中で自分の研究を振り返ると、その内容は三つに集約される。有用物質(NADP、グルタチオン他)の生産、巨大物質(多糖、DNA)の輸送機構、およびそれらに関連するタンパク質の構造生物学である。その中にピカッと光る(と、自分が思っているだけの)発見が幾つかあった。二、三拾ってみる。NADP生産の研究では、ヒトのミトコンドリアに初めてNADキナーゼ(1980年に発見した細菌型酵素)を発見した1,2)。多糖輸送とタンパク質構造の研究では、鞭毛タンパク質フラジェリンは多糖アルギン酸の結合タンパク質であり、細菌の細胞表層に局在することを証明した3)。また、細菌に巨大物質を丸呑みする動物まがいの口を発見し、その口は他の細菌に移植できることも示した4)。独創的な研究を……、と意気込み、何か変わったことを意識して追い求めていた訳でもない。目的からはみ出たこれらの成果は、研究過程で偶然に行きついたものである。

中でも細菌の口の発見は偶然にして印象的であった。この細菌はアルギン酸を大の好物とする。しかし、細胞外でこれを細かく切る手段を持たない。生物は奥の手というか、容易には分からない策を秘めているものである。アルギン酸を食べる口を隠し持っていた5)。それだけではない。鞭毛を使ってアルギン酸の在りかを探り、身の周りにはフラジェリンをまとってアルギン酸をかき集めていた。細胞表層分子を動かして口を開け閉めし、アルギン酸を丸呑みしていたのである。どうしてもアルギン酸を食べたい!この一念が、私をしてこの口の発見に至らしめたのかもしれない。この真っすぐな意志が物質に介入し、化学反応を誘い出し、情報量を増やし、多くのタンパク質をリクルートしてこのシステムを創り上げたのかもしれない。そんな感じさえした。細胞には表と裏がありそうにも思える。アルギン酸とフラジェリンの密接な関係も気になる。この偶然の発見は、知識や論理の枠組みにも影響を及ぼし、新たな微生物学の途を模索する一つのアプローチになるかとも思えた。

しかし、セレンディピティと云う言葉が意味するかもしれないこうした偶然的な発見は、求めて求められるものではない。そこでは偶然を引き出し、偶然を見逃さない力が働いているのであろう。それは関連科学への広い関心力は元より、脳科学が示唆する“ぼんやり状態”での創造力のようなものまでも含むであろう。その意味に於いて、偶然はもはや偶然ではない。それはそのような力によって準備されたものである。育むべきは偶然の現象への敏い観察力と、たとえそれがノイズのようなものであろうとも、それを科学的に検証する意欲であることを実感させられる。

2021年、世界における日本の高頻度被引用論文数の占有率ランクは、2018年にはインドにも抜かれ、一桁から二桁に急落したと報じられた。こうした評価の意義はさておき、独創的な論文が減りつつあるのだろうか。
“どのような研究の中にもノーベル賞に値する現象が一つか二つはあるものだ”とも聞く。そうした偶然の現象に分け入り、独創的な面白い研究を展開したいものだ。コロナ禍の恩恵でもあろうか、そうしたことを運命的な「巣篭り」の中で考えている。後の祭りだが。

1) Ohashi, K. et al.: Nat. Commun., 3, 1248 (2012).
2) Murata, K.: Proc. Jpn. Acad., Ser. B Phys. Biol. Sci., 97, 479 (2021).
3) Maruyama, Y. et al.: Biochemistry, 47, 1393 (2008).
4) Aso, Y. et al.: Nat. Biotechnol., 24, 188 (2006).
5) Maruyama, Y. et al.: Structure, 23, 1643 (2015).
 


著者紹介 京都大学名誉教授、本会功労会員

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